青春のグラジオラス
 新刊が発売されるとヨシさんは決まってこんなふうになる。仕事もあるというのに睡眠時間を削ってまで趣味に没頭できるのはある意味才能かもしれない。決して皮肉で言っているわけではなくて素直にそう思った。

 「今作は何というか、あれだな。久々に親父とおふくろに会いたくなるような、そんな作品だった」

 感想を一方的に言ってくるのもいつものことだった。加えてその感想の意味があまり分からないというのもいつものことだった。

 ヨシさんは言う。

 「おっと、これ以上しゃべっちまうとネタバレになっちまうからな。ここらで止めとくよ。ほんとはしゃべりたい気持ちでいっぱいなんだけどな」

 それからヨシさんは持っていた本を僕に渡した。条件反射のようにしてバッグから財布を取り出す。

 「面白かった?」

 「それは読んでからのお楽しみだろうよ。それに面白いかどうかを決めるのはお前自身だろ」

 僕が見た限りでは二本目の煙草に火をつけ、ヨシさんはニヤリと笑った。箱の中の煙草が残り数本になっていることから、間違いなく二本以上は吸っているだろう。あまりのヘビースモーカーっぷりにはため息も出ない。
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