青春のグラジオラス
 ふいに足元付近から声が聞こえた。下に視線を送ると、そこには一匹の猫がいた。唐突過ぎてリアクションもできない。

 「今の君にとっては、驚きや不安よりも不思議のほうが勝っているのかにゃ?」

 メインクーンだろうか。サイズが大きめである。黄色の中に細長く佇んでいる黒の瞳がギョロリとこちらを捉えている。一般的な茶色に黒いラインの入った見た目をしている(確かブラウンタビーという柄だったはず)。猫であればよく見かけるような模様柄だ。

 けれど今考えなければならないのはそこではない。もっと重要な問題をこの猫は、あるいは僕は抱えている。

 「なにを茫然としているんだにゃ。猫がしゃべるのはそんなに珍しいかにゃ?」

 珍しいもなにも、僕の認識が正しければ猫は人間語をしゃべらない。猫には猫なりの言語があるはずだ。にゃーとか、みゃーごとか、みゃーうとか、そういう言葉を発する生き物のはずなのだ。その認識が誤っていたのであれば訂正する必要があるけれど、一般論として猫はしゃべらない。
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