零れた液体に名前はつけない
獣の血を啜り、赤く汚れた醜い身体を抱き。
「…兄さん…やだよぉ…こんなの…もぅやだよぉ」
追われる度に、それらを振り払う為に殺した。
生きることは殺戮と直結し、爪の隙間に入り込んだ人間の血肉の匂いがいつも鼻にこびりついていた。
他を殺して生き延びる獣の本質、それを否定したいのは人の形をとっているこの姿形のせいか。
生きる為に殺すことの何が悪いのか、僕にはわからない。
それでもそれが彼女の滴の理由になるなら、僕はそれを良しとはしない。
「…ダメだよミナちゃん。飲み干して。全てを啜り出すんだ」
押し付けた屍から僕を見る彼女の瞳が何を語っているかだなんて知りたくない。
僕は狩子として、何も疑問を抱かず何一つ不満もなく。
ただ彼女といられる。それだけで全てを良しとしていた。
「ころしたくないよぉ」
生きること、それは屍の上にあった。
同じ姿形のソレらを殺すことを戸惑うならば、しなければいい。
だけどそれでは、彼女が狩子として生きていけないじゃないか。
人の血を啜り生きる種族の宿命を受け入れたうえでの生でなければならない。
喉の渇きが、体の疼きが、人の存在を認識しては沸き起こる衝動の名前を知らずには生きられない。
それに名前をつけなければ、生きていけない。
狩子(ケダモノ)として生きていけないんだ。