うっせえよ!
「一度、友達に連れてこられた競馬場。あれは確か、大井競馬場だったかしらね。無料送迎バスを降りた瞬間から漂ってくる何とも言えない匂い……ああ、あれは今でも覚えてるわ。」
花の名社まではタクシーでせいぜい20分ほどなのだが、酷い渋滞につかまっていた。
「ビジター席に座って、そこから見えた地面を力強く蹴る馬は本当に魅力的だった。しかも、それがお金に変わる。こんないいものはないと思って、すっかり味占めちゃって。」
「わかるわかる。ギャンブルっていうのは、ビギナーズラックでドはまりしていくんだよな。」
「それで、通い詰めるようになっちゃって。気が付いたらすっからかん。お金なくてよく、友達に借りたり、ご飯おごってもらったりしたっけな。」
その友達は明美のことだ。
運転手には話さなかったが、明美にはかれこれ70万近くは借金をしている。
「それで、どうしてもお金を作らなきゃって思って。でも、ただバイトするのはつまらないじゃない? そこで、見つけたのが文学賞の公募。それも賞金100万だからね。」
「100万? そんなにもらえんのか?」
「まあね。それで、ただなんとなくで、昔の恋愛……ほら、サッカー部の大川くんと付き合ってたでしょ? そのことをそっくりそのまま書いちゃったら、なんとこれがまあ、獲れちゃったんだな。」
「それで100万ゲットして、大井競馬場直行ってやつか?」
「それがね、連日雑誌の取材やら、出版社からの執筆依頼やら、書籍化の打ち合わせやらで、そんな暇がなくって。おまけにあの賞金。税金かかるの知ってた? 一時所得に入るんだって。私、知らなくってさ。」
「まあ、競馬の賞金も一時所得だよな。結局は競馬で儲けたのと一緒ってわけか。」
「そういうこと。で、原稿料に目がくらんで、出版社からの依頼を受けまくってたら、いつの間にかこうなってたんだよね。」
「人生って何があるかわかんねえもんだな。」
本当にそう思う。