寂しさを抱いて
第三章 心恋 ②

 翌日の昼休み、仲介人になるためには矢野と仲良くなる必要があると考えた私は、意を決して隣の席に座っている彼に話しかけた。
「あ、あの…やの、ちょっと相談があるんだけど…」
 何だこれ…まるで私の方が矢野を好きみたいじゃない。
 案の定矢野は突然話しかけてきた私にびっくりしてポカンとしていた。
 私は何だか恥ずかしくなって、とりあえず彼の腕をグイッと引っ張り、人気のない四階の廊下に彼を連れ出した。
「な、なんだよ高木!話があるなら教室ですればいいだろ」
「ごめんなさい。でも教室じゃできない話だから…」
 私が素直に謝ると、彼も何か「そういう話」だと察したようで「そうか…」と大人しく引き下がってくれた。
「それで、話って?」
「た、単刀直入に言うと…矢野のことを好きな人がいて…。だから」
…だから、何をしてもらうの⁉
とりあえず矢野と話そうとばかり思って何も策を考えていなかった私は、自分が先走ったことを言ってしまったことに気づいて二の句が継げず俯く。
「えぇっと…だから、その…」
 彼も、俯いてごにょごにょと口を動かす私を怪訝そうに見ていた。
 あぁ、どうしよう…。
 矢野のことを好きな人がいて、その事実を矢野本人に言ってしまって、次に言うことは……。
「そ、そうだ。メアド、メアド教えて!」
 片思いといえば、まずはメールだよね!咄嗟に思いついたにしては我ながらいいアイデアだ。
「メアドか…。ちなみに、その人って誰?」
「そ、それは…今は言えない…」
「言えないのか」
 彼は私の言葉を聞いてうーんと考え込む。
 そ、そうだよね…誰だかわかんない人に自分のアドレスなんて教えたくないよね…。
 彼方、ごめん。私なんの力にも――。
「いいよ、教えても」
「うん、諦める…て、え⁉」
 矢野から発せられた嘘みたいな言葉を聞き流すところだった私は、驚いて大きく目を開き、それから我を忘れて彼の手を握って言った。
「いいの、メアド!本当に⁉」
「ああ、いいって」
「ありがとうっ!」
 私がぱあっと笑顔になったからだろうか、矢野の顔が一瞬赤くなったような気がした。
「あ、でもその代わり…」
「その代わり?」
「高木のアドレスも…俺に教えて」
 矢野の予想外の言葉に私思わず「えっ」と声を上げたが、矢野のメアドが手に入るならなんでも良いと思い、私は承諾した。
「はい、じゃあこれ」
 私は生徒手帳の白紙のメモ欄をちぎって自分のアドレスを書き、それを矢野に渡した。
「サンキュ」
 矢野は私からメモを受け取ると、あどけない少年のようににかっと笑った。
 あれ、矢野ってこんな風に笑う人だったっけ…。
「じゃ、じゃあそれにあとでメールしといて!」
「おう」
 それだけ言うと私たちは何事もなかったかのように教室に戻った。メアドを聞いたのは私の作戦だったのに、なんだか逆にこっちがしてやられたような妙な感じもしたが、まあいいだろう。とりあえず矢野のアドレスは確実に彼方に教えられることだし。
 昼休みが終わり、午後の授業もいつも通り睡魔と闘いながら受け放課後になった。
 放課を知らせるチャイムが鳴ると同時に彼方がダッシュで私のところまでやって来て、私の手をとり全速力で教室から駆け出した。
「ちょ、ちょっと彼方!」
 訳も分からず引っ張られた私は肩でゼエゼエ息をしながら彼方に言った。
「ごめんっ。でもすっごく気になって居ても立っても居られなかったの!…で、どうだった⁉」
 彼方がそう訊いてくるうちにようやく呼吸が整ってきた私は、彼女に向かってvサインを出してメアドを教えてもらえることになった旨を伝えた。
「メ、メアド⁉やった!高ちゃんえらい、でかした!」
 彼方ははじけるような笑顔で私の背中をバンバン叩いた。
「い、いたいって」
「ごめんごめん!あんまり嬉しかったから」
 素直に喜ぶ彼女を見ると、頑張って矢野に話しかけてみて良かったと思えた。
「あとで矢野から私にメールが来ることになってるから、そしたら彼方に矢野のアドレスを送るよ」
 私も笑顔で彼方にそう言った。
 しかし、
「え」
 と途端、先程まで溢れんばかりの笑みを浮かべていた彼方がふと険しい表情になる。
「今なんて…」
 彼方の声がなぜか震えている。
 私は彼女の急変ぶりを不思議に思いながらも答えた。
「え、だから、私があとで矢野のアドレスを送るって…」
「その前」
「その前…?」
「…矢野君、高ちゃんにメール送るんだ。高ちゃんのメアド、知ってるんだ」
 低いトーンっでそう言った彼方を見て、私はようやく彼方が何を気にしているかが分かった。
「いや、ちがうの!矢野が私のメアドを教えてくれたら自分のメアドも教えてくれるっていうから…って、あ…」
 しまった、と慌てて口を塞いだ時にはもう彼方が嫌悪感いっぱいの顔で私を見ていることに気づく。
「じゃなくて、アドレスをメモするより私にメール送ったほうが楽だって矢野が!」
 彼方の表情から危険を察知した私は必死に弁解するが、多分もう遅い。
 しかし私の予想とは裏腹に、彼方はころっと笑顔に戻って言った。
「なーんだ、そういうことならいいんだ。じゃあ高ちゃん、矢野君からメール来たらすぐ知らせてね」
「う、うん」
 彼方はそれだけ言うとバイバイ、と手を振って先に帰っていった。
 ああ、危なかった―…。
 矢野に想いを寄せる彼方に勘違いさせるようなこと言ったら後が恐いもんね。
 私も矢野からメールが来たらさっさと彼方に送って任務完了しよ。
 矢野と彼方の仲を取り持つことを、そんなに重く考える必要なんてないのだから。

 けれど私は知らなかった。
 現実が、そう上手くはいかないことをこの後身をもって体験するのである。

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