寂しさを抱いて
第二章 雨雫 ⑤
「「お疲れさま~!」」
湧き起る大歓声の中幕が下りて、一息つく間もなく片づけを終えると私たちは部室に集合した。そうしてようやく落ち着いて、誰かの「はあぁ」という吐息と共に皆の肩の荷が下りた。
「蒼衣、美桜、お疲れ。最高に良かったよ」
部室には部長の佐山先輩も来てくれて私と蒼衣の頭をぽんぽんと撫でた。蒼衣は涼しい顔をしているが、私は舞台が終わって安心しすぎてその場にへたり込んでいた。
舞台の幕が上がった時、私はまず最前列に座っている陽詩の姿を見つけた。友達がすぐ近くで見ていることに緊張したが、同時に安心もした。
それからはもう夢中で覚えたことを再現していた。
途中台詞が詰まってパニックになりそうになった時、蒼衣が私を安心させるように私の目を見て頷いてくれた。そのおかげで私は落ち着きを取り戻し、最後まで演じきることができた。
舞台の上にいる時、緊張しながらも大勢の観客の前で演じることがとても気持ち良かった。
私たちを見てほしい。
朱音と碧がどうやって友情を育んできたか。
蒼衣と私がどれほどお互いを想っているか。
私たちの演劇を通して、それが皆に伝わればいいと思った。
「皆もお疲れさま。これで三年生は引退になるけれど、あたしたちの後は後輩たちが伝統を受け継いでくれると思うわ」
部長のその言葉に、皆が拍手をした。三年生には「お疲れさま」の、一、二年生には「これから頑張って」の拍手。
お疲れさま会が一通り終わると、私たちは急いで自分たちのクラスに戻った。そろそろ文化祭全体が終わる頃なので教室にも顔を出さなければならない。
かくして私の初めての演劇が幕を閉じたのだった。
「はぁ~!美桜、今日は本当にお疲れ。美桜のおかげで、私も今までで一番いい演技ができたよ」
青鳥川の橋の手前で、いつかのように蒼衣が立ち止まってそう言った。
文化祭が終わり、私たちはそれぞれ暗くなるまで片づけをしてから各々解散となった。我がクラス一組の喫茶店の売り上げはそこそこだったようで、担任の先生も満足気だったが、クラスの皆は疲れ切ってへたれこんでいた。
私が蒼衣を迎えに二組を訪れると、陽詩が教室から飛び出してきて、私にむぎゅっと抱き付いてきた。
「美桜ちゃーん!すっごい演技上手かったよ。話も感動的で良かった~」
「陽詩、ありがとう。陽詩が一番前の席で観てくれてるのに気づいて嬉しかった」
「二人の晴れ舞台なんて、あたしが前で見るしかないでしょ!」
「ふふっ。そうだね」
そんな感じで私が陽詩と話していると、蒼衣の帰り支度が済んだようで、彼女は教室からひょっこり出てきた。
「お待たせ~」
「じゃあ蒼衣も来たことだしそろそろ帰るね、陽詩」
「うん、ばいばい二人とも」
「また明日ね」
「ひなちゃん、バイバイ」
こうして陽詩と別れて、橋の手前まで来たとき蒼衣が「お疲れ」と言ってくれたのだった。
「蒼衣こそ疲れたでしょ。私なんかが突然役者になったんだもん。いろいろサポートしてくれてありがとね」
「ふふふ。美桜は自分を卑下しすぎ。初めてなのにあれだけ上手くできたら十分よ」
「そうなのかなぁ…」
「そうよ」
蒼衣から面と向かって褒められた私は何だかこそばゆいような照れくさいような感じがして、恥ずかしくなった。
「あ、美桜顔赤い」
「え、そ、そんなことないよ」
「もう真っ赤だよ」
「真っ赤じゃないもん!」
こんな子供みたいな―まあ実際子供だけれど―会話が可笑しくて、私たちはふふっ、はは、と笑い合った。
それからしばらくお互いの顔を見ながら、何が可笑しいのかも分からずに笑った。そうやってずっと笑っていると、二週間前に役者になることが決まった時の不安とか、本番の緊張とか、そんなことが全部ちっぽけな世界の話だったように思えてきた。
そうして笑い疲れた私たちは、はぁはぁと呼吸を整える。
二人とも息を吸って落ち着き、私がそろそろ帰ろうかなと蒼衣に言おうとした時だった。
蒼衣が先程とは違う、大人びた声色でこう言ったのだ。
「…ねぇ美桜。明日もし、私が変になっても…それは私(・)じゃ(・・)ない(・・)から…」
「え…私じゃないって、どういうこと?」
「それは言えない…。けど、私は今ここにいる私だけだって、信じてほしいの。美桜の前にいるのが本当の私だって、覚えておいて…」
おかしい。
いつもの蒼衣じゃない。
いや、いつもの蒼衣じゃないというより、昔の蒼衣みたいだ。小学生の頃、クラスメイトにいじめられても寂しそうな笑みを浮かべていた蒼衣。
今の蒼衣はあの時と同じように、何か大きなものを一人で抱えているようだった。ただ、それを詮索してほしくないことも分かって、私は不安そうな彼女を安心させることしか言えなかった。
「う、うん。蒼衣は蒼衣。私の一番の友達の蒼衣だよ」
私が努めて明るい声でそう言うと、彼女は安心したように笑って手を振った。
「…ありがとう。ばいばい美桜、またね」
「うん、また明日」
明るく振舞おうと思っても、つい素が出てしまったのだろう。別れ際の彼女は泣き笑いのような表情をしていた。
私は彼女が何か深刻な悩みを抱えているのではないかと心配になったけど、今は彼女を信じるしかない。
そう思いながら家に帰り着いた私は、思った以上に体が疲労を感じていたようで、部屋に入るなりどさっとベッドに倒れ込んだ。部屋に入る時、母が「夕飯できたわよー」と私を呼んでくれたが、私が「頭痛いからいらない」と言うと、「まあまあ大変ね」という間の抜けた返事が返ってきた。
布団に潜り込んだ私は今日の舞台のことや蒼衣のことを考えながら、知らないうちに眠ってしまった。
「「お疲れさま~!」」
湧き起る大歓声の中幕が下りて、一息つく間もなく片づけを終えると私たちは部室に集合した。そうしてようやく落ち着いて、誰かの「はあぁ」という吐息と共に皆の肩の荷が下りた。
「蒼衣、美桜、お疲れ。最高に良かったよ」
部室には部長の佐山先輩も来てくれて私と蒼衣の頭をぽんぽんと撫でた。蒼衣は涼しい顔をしているが、私は舞台が終わって安心しすぎてその場にへたり込んでいた。
舞台の幕が上がった時、私はまず最前列に座っている陽詩の姿を見つけた。友達がすぐ近くで見ていることに緊張したが、同時に安心もした。
それからはもう夢中で覚えたことを再現していた。
途中台詞が詰まってパニックになりそうになった時、蒼衣が私を安心させるように私の目を見て頷いてくれた。そのおかげで私は落ち着きを取り戻し、最後まで演じきることができた。
舞台の上にいる時、緊張しながらも大勢の観客の前で演じることがとても気持ち良かった。
私たちを見てほしい。
朱音と碧がどうやって友情を育んできたか。
蒼衣と私がどれほどお互いを想っているか。
私たちの演劇を通して、それが皆に伝わればいいと思った。
「皆もお疲れさま。これで三年生は引退になるけれど、あたしたちの後は後輩たちが伝統を受け継いでくれると思うわ」
部長のその言葉に、皆が拍手をした。三年生には「お疲れさま」の、一、二年生には「これから頑張って」の拍手。
お疲れさま会が一通り終わると、私たちは急いで自分たちのクラスに戻った。そろそろ文化祭全体が終わる頃なので教室にも顔を出さなければならない。
かくして私の初めての演劇が幕を閉じたのだった。
「はぁ~!美桜、今日は本当にお疲れ。美桜のおかげで、私も今までで一番いい演技ができたよ」
青鳥川の橋の手前で、いつかのように蒼衣が立ち止まってそう言った。
文化祭が終わり、私たちはそれぞれ暗くなるまで片づけをしてから各々解散となった。我がクラス一組の喫茶店の売り上げはそこそこだったようで、担任の先生も満足気だったが、クラスの皆は疲れ切ってへたれこんでいた。
私が蒼衣を迎えに二組を訪れると、陽詩が教室から飛び出してきて、私にむぎゅっと抱き付いてきた。
「美桜ちゃーん!すっごい演技上手かったよ。話も感動的で良かった~」
「陽詩、ありがとう。陽詩が一番前の席で観てくれてるのに気づいて嬉しかった」
「二人の晴れ舞台なんて、あたしが前で見るしかないでしょ!」
「ふふっ。そうだね」
そんな感じで私が陽詩と話していると、蒼衣の帰り支度が済んだようで、彼女は教室からひょっこり出てきた。
「お待たせ~」
「じゃあ蒼衣も来たことだしそろそろ帰るね、陽詩」
「うん、ばいばい二人とも」
「また明日ね」
「ひなちゃん、バイバイ」
こうして陽詩と別れて、橋の手前まで来たとき蒼衣が「お疲れ」と言ってくれたのだった。
「蒼衣こそ疲れたでしょ。私なんかが突然役者になったんだもん。いろいろサポートしてくれてありがとね」
「ふふふ。美桜は自分を卑下しすぎ。初めてなのにあれだけ上手くできたら十分よ」
「そうなのかなぁ…」
「そうよ」
蒼衣から面と向かって褒められた私は何だかこそばゆいような照れくさいような感じがして、恥ずかしくなった。
「あ、美桜顔赤い」
「え、そ、そんなことないよ」
「もう真っ赤だよ」
「真っ赤じゃないもん!」
こんな子供みたいな―まあ実際子供だけれど―会話が可笑しくて、私たちはふふっ、はは、と笑い合った。
それからしばらくお互いの顔を見ながら、何が可笑しいのかも分からずに笑った。そうやってずっと笑っていると、二週間前に役者になることが決まった時の不安とか、本番の緊張とか、そんなことが全部ちっぽけな世界の話だったように思えてきた。
そうして笑い疲れた私たちは、はぁはぁと呼吸を整える。
二人とも息を吸って落ち着き、私がそろそろ帰ろうかなと蒼衣に言おうとした時だった。
蒼衣が先程とは違う、大人びた声色でこう言ったのだ。
「…ねぇ美桜。明日もし、私が変になっても…それは私(・)じゃ(・・)ない(・・)から…」
「え…私じゃないって、どういうこと?」
「それは言えない…。けど、私は今ここにいる私だけだって、信じてほしいの。美桜の前にいるのが本当の私だって、覚えておいて…」
おかしい。
いつもの蒼衣じゃない。
いや、いつもの蒼衣じゃないというより、昔の蒼衣みたいだ。小学生の頃、クラスメイトにいじめられても寂しそうな笑みを浮かべていた蒼衣。
今の蒼衣はあの時と同じように、何か大きなものを一人で抱えているようだった。ただ、それを詮索してほしくないことも分かって、私は不安そうな彼女を安心させることしか言えなかった。
「う、うん。蒼衣は蒼衣。私の一番の友達の蒼衣だよ」
私が努めて明るい声でそう言うと、彼女は安心したように笑って手を振った。
「…ありがとう。ばいばい美桜、またね」
「うん、また明日」
明るく振舞おうと思っても、つい素が出てしまったのだろう。別れ際の彼女は泣き笑いのような表情をしていた。
私は彼女が何か深刻な悩みを抱えているのではないかと心配になったけど、今は彼女を信じるしかない。
そう思いながら家に帰り着いた私は、思った以上に体が疲労を感じていたようで、部屋に入るなりどさっとベッドに倒れ込んだ。部屋に入る時、母が「夕飯できたわよー」と私を呼んでくれたが、私が「頭痛いからいらない」と言うと、「まあまあ大変ね」という間の抜けた返事が返ってきた。
布団に潜り込んだ私は今日の舞台のことや蒼衣のことを考えながら、知らないうちに眠ってしまった。