BORDER LINE
俺は、そのちっぽけな背中に、問い掛けずにいられなかった。

「朝倉、おまえ、今日、ホントは何で俺ん家来た?」

———なんか、泣きてぇことでもあったか?

朝倉は、あの優男から、人様への礼儀っつぅのをしっかりと叩き込まれていた。

そんな朝倉が、俺ん家、つか俺ん部屋に、窓からあがりこむのは、

決まってあの女が何か重いもんを、そのちっぽけな背中に抱えきれなくなったとき、

泣かずにいられなくなったときだけだったのだ。

朝倉は、朝早くから出てって、終電ギリチョンで帰ってくる父親を、毎日、毎日、母親もいない空っぽの家で待っていた。

近所のおせっかい共には、母親に捨てられるなんて可哀想な子ねぇ、と憐れむような眸を向けられた。

その度に、少女は俯いてコンクリートの地面を睨みつけていた。

———私は可哀想な子なんかじゃないからね。母親が家を出ていくことを良しとしたのは私自身なの。私は可哀想な子なんかじゃない。

そんな少女には、

泣くとこが、泣かせてもらえるとこが、俺んとこしかなかったのだろう。

少女は、近所の人目を避けるようにして、屋根伝いに俺ん部屋へ逃げ込んでいたのだ。

幼い頃、朝倉は、俺んとこに来ては、ワーワー泣いていた。

帰り道にコケたとか、

でっかいブルドッグに追っかけ回されただとか、

ツマラナイ理由をくっつけて。

ホントは、ただ、ただ、一人ぼっちが寂しかったのだろう。
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