BORDER LINE
ホンモノの芸術家は、

内に秘めておきたい、弱み、苦悩、そして、激しい憎悪でさえも、

その表現に昇華してみせる。

ホンモノの絵を見る人の耳には、孤独な絵描きの悲鳴がつんざく。

だからこそ、ホンモノの絵は、絵描きだけでなく、見る人の弱さまでも曝け出す。

だからこそ、ヒトは、その絵を前に、足を止めずにいられない。

私に、絵描きの器はない。

私は、どうしたって、母を赦せない。

そして、私は、いつまでたっても、母を切り捨てきれない。

キャンバスは、絵描きの心だとか云われるが、

私は、キャンバスの上を蔓延る、母親への激しい感情を、キレーなモノで覆い隠してしまう。

私は、矛盾して擦れあう、己の感情を、キャンバスに曝け出せない。

私に、絵描きの器はない。

私では、悲鳴をあげる絵は、ヒトの芯を震わせる絵は、描けない。

それでも、と、

固く結んでいるはずの私の唇を押しのけて、コトバが零れおちる。

「私は、描かずにいられないの。私は、この道を捨てられない。絵ぇ描いてなきゃ、私は空っぽよ、退屈で仕方ないの。」

東先輩に休部届を叩きつけてから、私は、学食のメニューを全制覇した。(おかげで、今月は金欠である。)

しかし、お腹いっぱいになって、どれだけ腹の皮がつっぱろうと、私は空っぽでスッカラカンだった。

「私は、描かなきゃ、立っていられないのよ。」
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