BORDER LINE
私は、フンズ、と、一ノ瀬の汗ばんだ背中に抱きついた。

ひどく泣き喚きたい気分だった。

ひどく誰かに縋りたい気分だった。

ずっと昔の話をほじくりかえして、脳神経がぐっちゃぐちゃになるくらいまで考えたんだ。

絵を描くことを。

描かずには立っていられない自分のことを。

もう、心が疲労困憊なのだ。

一ノ瀬は、いったん寝つくと、ちょっとやそっとじゃ起きやしないし。

———泣いたっていいじゃないか。

———今日だけなんだから。

———布団が涙で濡れてしまったら、一ノ瀬がおねしょしたことにしてしまおう。

私は、声を押し殺したまま、久しぶりに泣いた。

———あぁ、そうだったか。

———昔から、私を本来の寂しがり屋で泣き虫な女の子にしていたのは、あの窓なんかじゃなくて、この男だったのだ。

それから、汗と、涙と、鼻ミズと、一ノ瀬のシャツが、憐れなほどにグズグズになった頃、

「んで?気がすむまで、泣いたかよ?シャツ、びしょぬれだから、着替えてぇんだけど。」

一ノ瀬が、おずおずと視線を、こちらに送る。

驚いた私は、コンマ1秒で、バフッと、ベッドに顔を押し付け、目元をこする。

「起きてたんだ?」

「寝てるとでも思ったか?バカが。あんなに泣かれちゃ、服ビショビショで気持ち悪くって、目ぇ覚めちまうよ。」

一とおり文句をぶちまけてしまうと、一ノ瀬は、私をギュッと抱きしめ、頭をよーしよしと撫でくりはじめた。

「おまえは、普段、泣けねぇもんな。一人ぼっちでメソメソしてっと、もっと寂しくなるもんな。」

まさか、慰められているのだろうか。

幼い頃、一人ぼっちの私が、寂しくって、年がら年中、この男にひっついて泣き喚いていたときのように。

あのときからちっとも変わらないその手つきが、

なんだかむず痒くって、一ノ瀬のシャツの裾を引き寄せ、ちーん、と鼻をかむと、

「おまえ、いい加減にしやがれ。」

と、一ノ瀬から引っぺがされ、3歳児を相手にするかのように、鼻にティッシュをゴシゴシと押し付けられる。

甘えてしまおう、と、そのまま雑な手つきのなすがままに頭を揺らされていると、

俺は絵なんかよくわかんねぇんだけどさ、

一ノ瀬は、そう前置きして、慎重にコトバを紡ぎだした。

「キレーなもんしか、描けないねぇっていうなら、一度、俺を描いてみねぇか?そりゃ、天使みてぇに真っ白とまではいかねぇけど、俺は、ヒトよりキレーに生きてるつもりなんだけど。」
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