BORDER LINE
———キレーなものを描きましょう。

それなのに、自由も絵筆を動かせなくなるほどに、私があの人のコトバに羽交い締めにされたのは、

母親としてどうしようもないあの人でも、私にとっては確かに母親だったからだ。

結局のところ、私は、寂しかったのだ。

母親を手離したのは自分だと言い聞かせて、愛に貪欲な幼い心を律しても、

あの人はいつまでも私にとって母親で、いつまでも私の心は壊れやすく不安定なままだった。

あんなにも暴れて抑えこまれてくれなかったものが。

果てには、私自身を呑み込んでしまったものが。

一ノ瀬に頭を撫でられ、ぎゅっと抱きしめられた瞬間、すとんと落ち着いてしまったのには、あまりの呆気なさに笑いがこみ上げた。

そして、五年前、私は、初めて、あの人でない人を、一ノ瀬を描いた。

そう、私は、五年前、あの人のコトバの鎖を断ち切った。

だから———

私は、もうあの人を母親とは呼ばない。

でも、私だけ好き勝手に心に整理をつけて、すっきりしちゃっているのも、何となく気分が悪いから、

最後に伝えよう。

一人の絵描きとして、旧き日の師に。
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