その身は凍る
 男がこの町に越してきたとき、このアパートの一室だけが空いていた。



 古い造りではあったが、角地に建っていて家賃が手頃で、夏はわりと涼しく冬はわりと暖かく、男はなかなか気に入っている。



 どんなに暑くても扇風機で事足り、どんなに寒くてもストーブをつけっ放しにしなくてもよかった。



 友人も「古いわりに快適だな」と好評しているほどだった。



 しかし現実は年々部屋は空いていき、毎年3月頃には聞こえていた、新入居者の部屋を見にくる足音や、引っ越しの慌ただしい音は少なくなり、今年はついに聞こえなかった。



 周辺の人の出入りは激しいのに、ここはまるで避けられているようだった。 


 なんでかなぁ。



 そんな疑念を抱きつつ灰皿に灰を落とし、もう一吸いしてタバコを押しつけ、男は弁当に手を伸ばした。
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