記憶の中の彼


「10月10日」

結局片瀬さんはそう答えてくれた。

ほらね、9月20日ではない。当然のことである。

片瀬さんは陸ではないのだから。

陸とは別人であることがはっきりとした。

再び無言の時間が続き、自宅に近づいてきたころだった。

ふいにリードがついた状態の中型犬がこちらに向かって走って来た。

「咲良」そう呼んだ片瀬さんがすばやく後ろからわたしの両腕を掴み道の端へよけた。

飼い主らしき人はあわてた様子で追いかけてきて犬をつかまえた。

「すみません。興奮して走っちゃったみたいで」

「大丈夫です」

飼い主に謝られ私たちは会釈して通り過ぎた。

「あの、今わたしのこと咲良って呼びましたよね?」

片瀬さんはまずいというような顔を見せたがすぐさま否定した。
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