記憶の中の彼
「いや、呼んでいない。聞き間違いだよ」
わたしは確かに片瀬さんが私の名前を呼ぶのを聞いた。そしてもう一つ気になることがあった。
「どうしてわたしが犬苦手なことわかったんですか?普通は犬が来たくらいであわててよけることないですよね」
「怖がっているように見えたから」
「そうですか。ありがとうございました」
否定されたためそれ以上突っ込めなくなったが、片瀬さんのとった行動は明らかに不自然だ。
実際わたしは幼いころ放し飼いの犬に追いかけまわされたことがトラウマとなり犬が苦手である。
しかし片瀬さんはわたしの顔など見ていないのに、犬が来た瞬間に迷いなくわたしをかばった。
怖がっているように見えたというのは嘘のはずである。
まるで以前からわたしの犬嫌いを知っているかのようであった。
もやもやと疑問を抱いたまま、枝道で片瀬さんと分かれた。