記憶の中の彼


片瀬さんはそのまま私の目的地である建物に入っていった。

声をかけるのがためらわれたため、意識的に速度を落として距離をあけつつ、怪しまれない程度に視線で追いかけた。

建物入ると、片瀬さんは書類受付の列に並んでいた。

並んでいる人は少なく、片瀬さんの後ろに一人はさんで私も並んだ。

おそらく後ろを振り返っても軽くうつむくわたしには気づかないだろう。

しかし声もかけずに見ているのではまるでストーカーだ。

建物を出る時点で近くにいたら声をかけようと考えているところで、彼の声がした。

「すみません。学生証を忘れてしまいました」

順番が回ってきた片瀬さんが受付の女性にそう言った。

書類は本人確認のため学生証を出してから受け取ることになっている。
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