記憶の中の彼


おそらく伝える方も聞く方と同じくらいに辛かったはずである。

「嘘だ。そんなの信じないから」

そのとき泣きじゃくっていたわたしに母はこう声をかけた。

「咲良、残念だけど本当なの。でも、咲良が信じたくないならまだ信じなくていい。忘れたいなら忘れてもいい。今は自分が一番楽なようにしていいの。咲良が受け止められる時が来たら向き合えばいいのよ」

そして今向き合うときが来たのだ。

陸は亡くなっていて、片瀬さんとは別人。

それがはっきりとわかる証拠を得ない限り、わたしは前に進めない。

「残念だけど、陸君のおじいさんは亡くなっていて、おばあさんは精神的に病んでしまっているの。体調も良くなくて、今は施設にいると思う。話を聞ける状態ではないと思うわ」

そう聞いてがっくりとうなだれた。

陸の祖母なら孫が双子であるか知っていたはずなのに。
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