記憶の中の彼
Visiting His Room


片瀬さんはジムのアルバイトをやめてしまった。

夏休み明けから2週間ほどのことであった。

もともと受付とインストラクターでは働く場所が異なるため、その後口を利く機会自体ほとんどなかった。

だがごくたまに視線を感じるのだった。

そしてぱっと顔を上げると受付の先にあるトレーニング室にいる片瀬さんと目が合いそらされる、ということが数回あった。

いや、こちらの錯覚、単なる自意識過剰かもしれない。

ただその視線が絡み合った(と思った)瞬間、とても大切な何かを見るかのような、暖かみのある優しい目をこちらに向けられたように感じたのである。

しかし彼はどうしてジムのアルバイトをやめてしまったのだろう。

わたしが入ってきたことが原因だろうか。

それこそ正に自意識過剰というものである。

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