記憶の中の彼
「突然来て訳が分からないけど」

「写真。片瀬さん、わたしと似た女の子と映っている写真持っていますよね?」

つい、言ってしまった。

「いや、持ってない」

片瀬さんはいつものように、感情を白い絵の具で塗りつぶしたような無機質な表情をつくった。

「じゃあ、一之瀬陸って人知っています?」

わたしはとうとう最後の切り札を出してしまった。

だが彼は「知らない」、そう吐き捨てるように答えた。

「ごめん、私の勘違いかもしれない。お邪魔しました」

やっぱりこの人は陸ではない。

陸がこんな言い方するはずない。そもそもわたしもこの人に失礼なことをした。

わたしの勝手な希望と妄想を押し付け、暴走し、部屋まで押しかけたのだ。

わたしはそそくさと部屋を出て玄関ですばやく靴に足を滑り込ませた。
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