記憶の中の彼
「ありがとう」

やはり片瀬さんは本当に優しいのだ。

どうでも良い存在であるわたしに対しても実は気をつかってくれている。

そんなところを未練がましく陸に重ねてしまう。

窓際に立っていた片瀬さんは、テーブルのわたしと反対側に座った。

わたしたちは先ほどとは位置が反転したことになる。

二十分ほど、わたしたちは一言も発さず向かい合って座っていた。

室内はほとんど真っ暗であるため、相手がどんな顔をしているかはわからない。

「あの、隣にいってもいいですか?」

「いいよ」

「いいの?じゃあ失礼します」

思いがけずあっさりと了承されたため、わたしはそろりと立ち上がり、片瀬さんの隣に移動した。

「大学生にもなって怖いの?」
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