記憶の中の彼
「電気が通ったみたいだから、わたしは帰るよ」

「わかった」

「おじゃましました。わたし帰るね」

そう言いながらバッグを持って部屋を出ようとしたところで、「待って」と左腕を掴まれた。

「え?」

「女子のくせに支度早いな」

「・・・・・」

まさか、わたしにそんなことを言うためにわざわざ引きとめたのか。

「もう遅いから、送る」

腕時計を確認すると、時刻はすでに二十三時をまわっていた。

「近いから、大丈夫だよ」

わたしは遠慮したが、彼はだまって靴を履いて玄関の前に出た。

わたしも慌てて靴を履く。

外はひんやりと肌寒かった。

服の隙間を風が通った。
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