愛すれど…愛ゆえに…

ニキさんは暫く天井を見つめていた。
しかしゆっくり身体を起こし、
壁にもたれて私を見つめると小さな溜息をついて、
ナイトさんの問いに答え始めた。


向琉 「ふっ(微笑)まったく。
   あれだけ車の中で僕に任せろっていったのに。
   言わなくていいことまで暴露して、
   自分の立場、不利にしちゃってさ」
伊吹 「ご、ごめんなさい。
   でも、ニキさんが責められる姿を見てるのが辛くて……」
騎士 「アダム。
   伊吹ちゃんの話したことが事実でいいんだな」
向琉 「ふーっ。ああ、そうだよ。
   かなり掻い摘み過ぎだけどね」
悠大 「掻い摘みすぎ?」
向琉 「そのストーカー女は始めは僕の兄貴がターゲットだった。
   僕の兄貴の恋人を傷つけ、
   僕の職場の先輩で兄貴の親友でもある人を傷つけ、
   今度は伊吹ちゃんの行動を監視して狙ってる。
   あのまま動物園に残っていたら、
   伊吹さんはもちろん、
   悠大や姫ちゃんにも被害が及ぶと思った。
   だからその場のとっさの判断で、
   連絡も入れずに彼女を動物園から連れ出したんだ。
   だけど……理由はそれだけじゃない」
悠大 「……」
向琉 「さっきも言った通り、僕は伊吹さんに惚れてる。
   動物園で彼女と並んで歩いている悠大に正直嫉妬した。
   いや、もしかしたらあの合コンから、
   伊吹さんに積極的に迫る悠大に僕は嫉妬してた。
   彼女の危機を知って、
   頭の中は伊吹さんのことだけしか浮かばなかった。
   結果、姫ちゃんをほったらかしに。
   それは申し訳ないと思ってる。
   ただあの時に感じたんだ。
   僕の相手は姫ちゃんではなく伊吹さんだって。
   僕の意志で故意に悠大を裏切る行動をとった。
   だから、殴られて当然だ」
騎士 「アダム……」
悠大 「アダム。お前が先か後か」
向琉 「は?」
悠大 「だから、合コンからだと言うなら、
   伊吹ちゃんを好きになったのは、俺より先か後かって聞いてるんだ」
向琉 「何が言いたい」
悠大 「お前が先なら俺は彼女を諦める。
   でも俺が先なら悪いが諦めてくれ」
向琉 「は?後先の問題か!?
   だいたいあの合コンで誰がこの組み合わせを決めたんだ。
   あの時に芽生えた感情に後も先もないだろ」
沙都莉「そうよ。それって伊吹に失礼よ!」
騎士 「さ、沙都莉?」
沙都莉「黙って聞いてたらズケズケと、
   よくそんなことを伊吹の前で言えたわよね!
   伊吹にも意思や感情ってものがあるのよ!」
向琉 「沙都莉さん」
悠大 「……」
沙都莉「人を好きになってその人を何年もずっと想い続けて、
   その淡い恋が一瞬で駄目になった矢先に、
   その男性をストーカーしてた女に狙われてるのよ。
   どれだけ怖い思いをしてると思ってるの!
   なのに、自分の感情を満たすために貴方たちは、
   伊吹の気持ちなんて考えずに、
   目の前で取っ組み合いの喧嘩をしてる。
   中学からずっと仲よしだった姫との付き合いを、
   もしかしたら失っちゃうかもしれないっていうのに。
   気持ちの後先でくっつけられちゃ、
   伊吹だって堪ったもんじゃないわよ!」
伊吹 「沙都ちゃん……」


いつも冷静な沙都ちゃんがとうとうブチ切れた。
彼女の正当な言い分に、二人は何も言えなくなってしまい、
黙ったまま俯き一点を見つめている。
でも、そこはさすがクールで大人のナイトさんが、
私とニキさんのためにひと肌脱いでくれたのだ。



騎士 「今回のことよく解った。
   ユウ。アダムにも正当な理由があったわけだから、
   お前も大人になって今日のことは許してやれ」
悠大 「はぁ!?」
騎士 「そのストーカー女から、
   お前と姫ちゃんも守ろうとしたわけだしな。
   確かにアダムや沙都莉の言う通り、
   人を好きになる感情に後先はない」
悠大 「なぜ俺が許してやらないといけない。
   こいつは俺を裏切ったんだぞ!」
騎士 「だったら聞くが、お前ならどうしてた!」
悠大 「は?」
騎士 「お前がアダムの立場で同じ選択を迫られたら。
   伊吹ちゃんが危険な目に合っていたら、
   お前は何を優先させるんだ。
   僕はもし沙都莉に同じことが起きたら、
   アダムと同じことをしたと思う」
悠大 「ナイト!」
向琉 「……」
騎士 「好きな女や親友の命が優先だろ。
   僕たちは長年苦楽を共にしてきた親友だ。
   何があっても、後で腹割って話せば分かり合える。
   でも、好きな女や親友を守りきれずに傷を追わせたとしたら、
   きっと一生後悔するだろうな」
向琉 「ナイト」
悠大 「そうか。
   まぁ、冷静になって考えてみれば、
   伊吹ちゃんはそんな大変なことがあるのに俺には何も言わずに、
   アダムには話してボディーガードまでさせたわけだしな」
沙都莉「えっ!?」
悠大 「陰でこそこそアダムと会って、4年も好きな男が居るのに、
   さっきは俺とふたりきりのデートまで承諾したんだから、
   俺も軽く見られたもんだ」
伊吹 「ユウさん……本当にごめんなさい」
向琉 「はーっ。
   悠大、お前ってほんとに大人げない奴だな。
   俺の次は、渡したくない程好きだと言った彼女を責めるのか。
   それが男のすることか。情けないよな」
悠大 「……」


悠大さんはその言葉に苦虫を潰したような顔をして、
なにも言わずにソファーのバッグを手に取り肩に掛ける。
そしてニキさんの横をすれ違いざまに左頬をもう一度殴り、
無言ですたすたと玄関へ向かって帰ってしまった。
私はすぐ俯くニキさんの傍に駆け寄り、
ポタポタと涙を流しながらバッグからハンカチをだし、
切れて出血している目の上を押さえた。



向琉 「痛っ!」
伊吹 「もう!何かっこつけてるのよ!
   至らないことばっか言って、こんなに殴られちゃって……」
沙都莉「伊吹。はい、濡れタオル。
   これで冷やしてあげて」
伊吹 「うん、ありがとう。
   ナイトさん、沙都ちゃん。
   今回のこと分かってくれてありがとう」
騎士 「うん。生きてるといろいろあるさ。
   僕は、ちゃんと話せば大体のことは分かり合えると思ってる。
   だけど大抵の人は、自分の価値観とか体験とか、
   世間の常識とかでしか、目の前に起きる出来事を判断できない。
   いくら理解してほしいと言っても、
   無理なことのほうが多いもんさ」
伊吹 「はい……そうですね」
騎士 「それが争い事や厄介事だったり、
   自分に火の粉が降りかかってくるかもしれないと判断すると、
   手のひらを返したように立ち去っていくことのほうが多い。
   ほらっ。いじめがいい例で、あれと同じだ。
   二人が今抱えてる問題は同じような体験した人間か、
   人の心の痛みを知ってる人間にしかわからんもんさ」
伊吹 「ナイトさん……」
沙都莉「あら?
   それじゃ、ナイトもストーカー体験したってこと?
   人の心の痛みを分かってあげられるような恋の体験があるのかしら」
騎士 「えっ。ぼ、僕の話しは今どうでもいいだろ?
   今は二人の話をしてるんだよ」
沙都莉「あーっ!今のぜったい誤魔化した」
伊吹 「うふふっ(笑)ふたりとも仲良いのね」
向琉 「ナイト。サンキュー。
   でも、僕を庇うとお前まで悠大に恨まれるぞ」
騎士 「それならそれでいいさ。
   いつものことだ。
   どうせ、一時すれば何もなかったように連絡してくるだろ。
   寂しがり屋のあいつだからな。
   それより、そのストーカー女どうにかしないとな。
   僕たちでできることがあったら何でもするからな」
沙都莉「そうよ、ニキさん。伊吹も。
   一人で解決なんてしないでよ。私達も手伝うからね」
向琉 「ありがとう」
伊吹 「ナイトさん、沙都ちゃん、ありがとう!」


私の怒涛のような一日は、ナイトさんに沙都ちゃん、
そしてニキさんの勇気ある言動に救われたのだ。
でも、私にはまだ気がかりなことが……
そう。それは姫のこと。



その姫はというと、
沙都ちゃんに送ってもらって自宅に戻たのだけど、
2時間してまだ出かけていたのだ。
向かった場所は、私のアパート。
私と一対一で話をするために、
アパートの階段にじっと座って、私の帰りを待っていた。


(伊吹のアパート“ベルメゾン”階段エントランス)


姫は、手に持っているスマホの画面を指でスライドさせながら、
何度も何度も繰り返し数枚の写真をぼーっと見ている。
その画像は、初めての合コンで写したものだ。
姫は一枚の画像を見て動かしていた指を止めた。
皆は真正面を向いて写ってるのに、
ニキさんだけが私に視線を向けている。



姫奈「ニキさん……これってもしかして。
  この時から貴方は、伊吹を見てたの?
  それともたまたま伊吹のいる方向を見ていたの?」


その時、カツカツと高いヒールの音が階段に響き、
確実に誰か上ってくることに気がつく。


姫奈「い、伊吹?……伊吹なの?」



姫は立ち上がり手すりの隙間から、
二階と三階の間にある薄暗い踊り場を見下ろして、
その上がってくる人物を待つ。
確かに階段をゆっくりと登ってくる黒い影。
そして階段の蛍光灯に照らされ姿を現した人物は私ではなく、
あの恐怖の女性、山本鴻美だった。

(続く)
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