愛すれど…愛ゆえに…

15、お節介な救世主

荒川の河川敷をゆっくり静かに歩いてくる人物。
それは、ニキさんだった。
彼も私がいることに驚いている。
黙ったまま見つめ合ってる私達の姿に、
冬季也さんは呆れたように笑って、
画材道具を片づけながら仲を取り持つように話し出した。


冬季也「ニキ。僕は先に帰ってるから、
　　　伊吹ちゃんとじっくり話ししろ」
向琉　「えっ。話せって……
　　　僕は別に話すことないし」
冬季也「あれ？こないだ僕に言ってただろ。
　　　伊吹ちゃんに話さなきゃいけないことがあるって。
　　　話せば今抱えてることもすっきりするんじゃないのか」
向琉　「なっ(焦)そんなこと言ってませんよ！」
冬季也「そうだったか？おかしいなー。
　　　僕の聞き間違えじゃないと思うんだけど。
　　　ニキ、意地張らず話せよ。
　　　グッドタイミングで本人が目の前にいるんだ」
伊吹　「ニキさん、冬季也さんに何を話したの？」
向琉　「いや、何でもない」
冬季也「僕は今から書店に行って、
　　　出たついでに食事も済ませるから、
　　　久しぶりに二人で食事でもしながら話したらいい。
　　　じゃあ、お二人さん。ごゆっくり」
向琉　「先輩！僕も一緒に帰りますよ！」
冬季也「ニキ。お前がどんなに毎晩僕に話しても、
　　　答えを持ってるのは僕じゃないぞ。
　　　素直になれよ。
　　　伊吹ちゃん、またね」
伊吹　「冬季也さん。はい、また」
向琉　「先輩！」



冬季也さんはニキさんを突き放すように言い放つと、
足早に階段を下り帰っていった。
取り残されたニキさんは急に私に会って戸惑っている。
知られたくないことを知られてばつが悪いからか、
まともに私を見ることもできなくなっていて、
そわそわと落ち着かない。


向琉「お、お節介なんだよな。先輩は」
伊吹「冬季也さんって、いい先輩じゃない」
向琉「……」
伊吹「詳しく聞かせて。話しって何？」
向琉「こ、こんなとこで立ち話しながら、話せることじゃないし。
　　あの、自転車もあるから、
　　先輩もああ言ってくれたし、どこかで話しながら……」
伊吹「うん」
伊吹「と、とにかく家に帰って待ってて。
　　後で車で迎えにいく。
　　食事しながら話そう、か」
伊吹「ええ(笑)わかった。
　　支度して待ってる」
向琉「そう。それじゃあ、後で」
伊吹「うん。ニキさん、ありがとう」
向琉「お、おお」


ニキさんは照れ臭さを隠し、俯きながらボソッと呟くように言うと、
冬季也さんの後を追うようにして、慌てて土手を駆け下りていった。
私は彼の後姿を見つめながら、自転車に跨り家路をたどる。
ほんとに不器用なニキさん。
動物園で見た威勢のある彼は、
いったい何処に行ってしまったのだろう。


(千代田区銀座、某高級ホテル玄関)


そのころユウさんはというと、銀座の高級ホテルの玄関にいた。
ニキさんに裏切られ、喧嘩別れしたままでいる。
そして見方だと思っていたナイトさんからも批判されて、
毎日むしゃくしゃし荒れていた。
新人歓迎会の一次会を終えた一行は店から出てくる。


悠大「はぁーっ！食った食った。
　　広東料理なんて久しぶりだったな」
前谷「だいたい誰がこんな高級なとこで、
　　新人歓迎会やるって決めたんだ？」
竹田「黒田専務。
　　どうも訳アリの彼女との密会場所でお気に入りらしいけど」
前谷「それはホテルの最上階にあるＢＡＲって噂だろ。
　　東京の夜景を眺めながら、
　　モダンな空間で上品に愛を語るってやつ。
　　どう考えたって、愛を語るだけじゃ済まないよな」
悠大「訳アリ？そういうのはどうも気に入らん。
　　結局、人のものに手をつけるってことだろ！
　　人の女に手を出すなんて、碌な奴じゃない。
　　そんな奴がよく俺たちの上司やってるよな」
竹田「おい、高野。
　　お前、どうした。
　　何剥きになってんの？
　　別に、黒田専務がお前の女を奪ったわけじゃないんだから」
前谷「そうだよ。
　　これから専務達と二次会いくんだからさ」
竹田「今回の飲みは全部会社持ちだし、
　　僕らみたいな下っ端は行かなきゃ損だよ。
　　今日だけは機嫌直して専務や部長の相手しなきゃな」
悠大「ふん！
　　お前たち、二次会でも上司の機嫌取りでも勝手にやってろ！
　　俺は帰る。じゃあな！」
竹田「おい、高野！
　　なんだ、あいつ。
　　最近なんかギスギスしてねえ？」
前谷「もしかして本気で上司に女を寝取られたとか？」
竹田「あはははっ(笑)まさかな」


ユウさんは会社の歓迎会を途中で抜け出した。
ブランドショップの立ち並ぶ夜の晴海通りを、
ぶつぶつ言いながらスタスタ歩いてる。


悠大「バカじゃねーの、あいつら！
　　こんな夜遅くまで会社の連中と連むなんて、
　　バカらしくてやってられねーよ！」


有楽町駅に向かっていたけれど、
交差点のある銀行に差し掛かるという時に、
後方で甲高い女性の怒鳴り声が耳に入り立ち止まった。
後ろを見るとピンクスーツの女性が二人、
道の真ん中で言い合いをしている。
周囲の通行人も歩く速度を緩めながら、
彼女たちを避けるように通り過ぎていく。
その女性ふたりとは


悠大「ん？あの子は……姫ちゃん？」


そう。
その派手な女性とは姫と鴻美さんだったのだ。
鴻美さんは、上目使いで恐る恐る彼女を見る姫を容赦なく怒鳴りつけ、
姫の持っていた紙袋を引ったくり、力強く腕を掴んだ。

姫奈「ご、ごめんなさい」
鴻美「あんた！バカじゃないの!?
　　またプアウーマン生活に戻りたいの。
　　私は伊吹なんてあんなダサい女と違うわよ。
　　比べたりしないで！」
姫奈「比べてなんかないわ。
　　私、そんな意味で言ったんじゃないわよ。
　　ただ私にブランド物はちょっと。
　　今まで私たち、そんなに高級なもの買ったことないし」
鴻美「何、私が相手では不足があるっていうの!?
　　あんたの引っ越し代に生活費、私がだしてやったのよ。
　　それに、私と親友して、
　　ニキを取り戻したいって言ったのあんたでしょ!?」
姫奈「う、うん。確かに取り戻したいわよ。
　　ただ、もうこれ以上はカード使えないから」
鴻美「はぁー。だからあんたって駄目なのよ。
　　私が斡旋した会社に勤めだしたんだから、
　　これからは充分な報酬もらえるのよ。
　　あんたの今までの給料の三倍はあるんだからね。
　　それに女としてのスキルを上げたいって言ったのあんたよ！」
姫奈「そ、そうだけど……」
鴻美「あーっ！イライラする！
　　私だって我慢して友達やってるのに。
　　もういいわよ」
姫奈「鴻美さん。
　　あ、あの、もういいって、どういう意味？」
鴻美「いちいち言わなきゃわかんないの!?
　　ほんとにおバカね。
　　私はまだ買いたいものあるから先に行ってて！」
姫奈「は、はい」


鴻美さんは両手に紙袋をいっぱい持ち、
カツカツとヒールを音を立てながらネオン煌めく街に消えていった。
通行人が流れる歩道に姫は呆然と立ちつくし、
ただ彼女を見送っている。
じっと見つめていると街のネオンも人並みも涙でかすむ。
取り出したハンカチで涙をぬぐっていると、
後ろにいたユウさんが姫の肩を叩く。


姫奈「私、何してるんだろう……
　　沙都ちゃんに電話してみようかな。
　　伊吹、今頃どうしてるかな。
　　やっぱりニキさんと、一緒に居るのかな」
悠大「姫ちゃん！」
姫奈「えっ!?ユウさん！」
悠大「やっぱり姫ちゃんだった。
　　何してるの、っていうか……
　　どうしたの？その格好」


姫はセレブが着るような、
ブランドのオートクチュールスーツに身を纏い、
でっかい高級バッグに、
ヴィンテージもののゴールドとルビーのブローチをつけている。
まるで映画に出てくるジュリアン・ムーアのような、
上品で華やかな王道スタイルだ。
そんな以前の面影のない姫の姿を見たユウさんは絶句している。


姫奈「あぁ。これは鴻美さんが……」
悠大「鴻美さん？さっきの女性かな。友達？
　　　ブランド店の紙袋いっぱい持ってたけど、
　　　彼女、普通の人じゃないよね」
姫奈「彼女はニキさんの先輩の元カノなの。
　　ニキさん兄弟とも仲良くて、私も仲良くなったのよ」
悠大「アダムの先輩？それ、なんていう人？」
姫奈「えっと、確か……川辺冬季也さんっていう人。
　　彼女、伊吹に冬季也さんを取られちゃったって。
　　私も伊吹にニキさん取られちゃったし。
　　それでお互い同調したんです」
悠大「ふむ。あれからアダムとは？
　　伊吹ちゃんと会って話した？」
姫奈「ううん。動物園事件以来、
　　ニキさんにも伊吹にも連絡取ってないの。
　　みんなから連絡は入ってたけど、
　　あの後引っ越しして仕事も変わっちゃったから」
悠大「えっ。今は北千住じゃないんだ」
姫奈「うん」
悠大「今は何処に住んでるの？」
姫奈「京橋。彼女のマンションに住んでるわ」
悠大「京橋って……
　　(どうも引っかかるな。
　　何かおかしい。今の姫ちゃんも、あの女も)
　　よかったらさ、住所と連絡先教えといて。
　　なんかあった時は力になるからさ。
　　俺の携帯番号は知ってるよね」
姫奈「え、ええ」


姫はバッグからメモ用紙とペンをだし、
今住んでる住所と新しい携帯番号を書き、
鴻美さんに斡旋してもらったという新たな会社の名刺を渡す。
ユウさんは渡されたメモを受け取って名刺に目を通した。
しかし、その社名を見た瞬間、ユウさんの顔が強張る。


悠大「ちょっと、ここってさ。
　　(これ、やっぱりヤバいやつじゃないか)
　　姫ちゃん、ここはいつから働いてるの!?」
姫奈「えっ。そうねぇ、２週間にはなるかしら。
　　出勤は毎日じゃないし、
　　お偉いさん相手の接客だからお金もいいの。
　　栄養士してた時より条件むちゃいいしね」
悠大「俺さ。
　　こんなの見せられて『じゃあまたね！』なんて帰れないよ」
姫奈「えっ。それってどういう意味？」
悠大「悪いけど、今から俺につきあってもらうよ」
姫奈「えっ!?今からって困るわ。
　　私今から仕事があるから」
悠大「仕事どころじゃない。
　　とにかく何が何でも連れていく」
姫奈「ちょ、ちょっと(焦)ユウさん！」
悠大「問答無用！」


ユウさんは姫の右手を力強く掴んで、
小脇にバッグを挟んで手を上げタクシーを止めると、
戸惑う姫の背中を押し、無理矢理車内に押し込んだ。


(タクシー車内)

運転手「お客さん、どこまでいきます？」
悠大　「足立区中央図書館までいって」
運転手「はい」
姫奈　「中央図書館って、まさか！」
悠大　「そう。そのまさか」
姫奈　「至らないお節介はやめてよ！」
悠大　「お節介？
　　それを言うなら“救世主”と言ってほしいね」



ユウさんは半分怒ったような口調で応え、
携帯を出すと電話し始める。
二人を乗せたタクシーは銀座の街を通り、
京橋ＧＣＴに入り首都高都心環状線に乗って、
一路、北千住方面に向けて走り出したのだった。


(続く)