愛すれど…愛ゆえに…
17、望んでいた運命のパズル
ユウさんは姫と再会したのをきっかけに決断できたのか、
以前から腹積もりができていたのか、既に臨戦態勢。
一方姫は、携帯を握っているユウさんの横顔を、
安堵の表情を浮かべ見つめる。
しかし、その表情とは裏腹に心は何かに怯えているようだ。
仕事をすっぽかしたことに対しての不安と、
鴻美さんの存在に怯えているのだろうか。
もしかしたら私とニキさんに会うことに対する、
抵抗感なのかもしれない。
悠大 「すみません。運転手さん」
運転手「はい、何でしょう」
悠大 「いきなり行先変えて申し訳ないけど、
今から御茶ノ水駅の聖橋口まで行ってもらえますか」
運転手「えっ。また戻るんですか?
高速走りますよ」
悠大 「いいですよ。
料金はいくらかかってもいいんで」
運転手「はい、わかりました」
悠大 「ふっ。やっぱりあの二人、一緒に居たか。
まぁ、手間が省けた」
姫奈 「ち、ちょっと。
今からナイトさんの家で伊吹とニキさんに会うつもり!?」
悠大 「そっ!」
姫奈 「そんなこと私は望んでない!
親友ならもう居るし、伊吹とはもう……
友達辞めたんだから。
ユウさん、悪いけど最寄駅まで連れてって」
悠大 「いや、付き合ってもらう。
親友ってさっき一緒に居た女か」
姫奈 「そ、そうよ。
仕事も斡旋してくれて、良くしてくれてるし」
悠大 「斡旋ね。姫ちゃんは無知だな。
世間ってものが何も分かってない」
姫奈 「私が何を分かってないって言うの?」
悠大 「現実。
ふん(笑)伊吹ちゃんと友達辞めたって?
まったく、強がって勝手に自己完結させただけだろ。
逃げたって辛い気持ちのまんま、
この先ずっと引きずるんだぞ」
姫奈 「つ、辛いなんて思ってない。
このくらいのことは……へ、平気よ。
至らないお節介はやめてよ」
悠大 「俺にまで強がることはないだろ。
じゃあ何故、仕事や住まいまで変えたんだ。
平気なら今までやってきた生活を一新する必要はないだろ。
アダムと伊吹ちゃんに会っても動じないはずだ」
姫奈 「じゃあ、ユウさんは平気なの?
伊吹とニキさんに会うこと」
悠大 「伊吹ちゃんとは正直会ってみないと、
自分がどうなるかはわからない。
まったく動じないって自信もないな。
でも、アダムには会って話したいことがある。
そんなことより、まだアダムが好きなのか」
姫奈 「えっ!?……それは、す、好きに決まってるでしょ」
悠大 「どこが」
姫奈 「えっ」
悠大 「あいつのどこが好きなの」
姫奈 「ど、どこがって……」
悠大 「本当は出てこないんじゃない?
あいつのどこが好きか」
姫奈 「そ、それは」
悠大 「俺は伊吹ちゃんの何処が好きなのかでてこない。
考えてみると、彼女のことを何も知らないんだよな。
アダムのことはダチやってて全部知ってるから、
何であいつがって思うと余計腹立たしい気にもなる」
姫奈 「ユウさんが伊吹を好きになったのは、
あの子のルックスがユウさんのタイプだったとか、
第一印象でいいって思ったからじゃないの?」
悠大 「姫ちゃんもそうなのか?」
姫奈 「そ、そうよ。
外見はもちろん、趣味とか好みとか重なる部分が多し」
悠大 「それってさ、以前君たちが他の女性を批判して言ってた、
単なる条件ってやつだろ。
俺が言ってるのは人間性だよ」
姫奈 「そう言われるとそうだけど。
でも、考えれば私も……ニキさんのこと何も知らない。
何を好んで何が苦手で、どういう事をすれば喜ぶのかも。
でも私はあの時、ニキさんを運命の人だって感じたから」
悠大 「運命か。運命ならなぜこうなる?」
姫奈 「……」
悠大 「運命を信じるなら、
この状態も俺たちに与えられた運命だよな。
俺はアダムに、姫ちゃんは伊吹ちゃんに、
互いの相手を奪われて激怒して剥きになってる。
でももしかしたら俺たちが違ってて、
運命って言葉だけに囚われてるだけかもしれない。
“運命の人”っていう理想の台紙にいろんな条件を当て嵌めて。
まるでジグソーパズルみたいにさ」
姫奈 「ジグソーパズル。
ユウさん、何が言いたいの?」
悠大 「俺、動物園で伊吹ちゃんに言ったんだ。
『別に焦ってるわけじゃない。
でも、ナイトと沙都ちゃんが付き合いだして、
姫ちゃんがアダムのこと好きだって聞いて、
これってそうなる運命なのかなって感じるんだ。
これが自然な形で運命の引き合わせなら、
僕はそれを信じたい』って」
姫奈 「うん」
悠大 「でも現実は、
俺が始めに感じた運命とはまったく違う方向に流れてる」
姫奈 「言われてみれば、そうね」
悠大 「だから今からその“運命”ってやつを確かめる」
姫奈 「確かめる……
それにしても、なんて寂しい街。
(何故かなんて、とっくに分かってるけど……)」
ユウさんの悟りきった説得力ある言葉に圧倒されて、
姫は少し引き攣った顔で外の景色に目をやった。
いつもならこの煌びやかなネオンの街並みは、
綺麗で居心地良さすら感じるのに、今は何故か物悲しい。
姫は覚悟を決めたように大きなため息をついたのだった。
(東京千代田区、騎士の自宅)
私とニキさんがナイトさんのマンションに到着して30分後、
姫とユウさんがやってくる。
二人はナイトさんに通されて、居間に入ってきた。
ユウさんは相変わらず堂々と胸を張って挨拶を交わすと、
ニキさんと向かい合わせにソファーに座った。
悠大「久しぶりだな」
向琉「ああ」
騎士「今日は二人とも殴り合わずに冷静にな」
向琉「解ってる」
騎士「ユウ。僕はお前に言ってるんだぞ」
悠大「俺も解ってるさ。
今日は喧嘩しに来たんじゃない」
向琉「じゃあ、何故ここに僕たちを呼んだんだ?」
悠大「アダムにこの間のことで聞きたいことがある」
向琉「聞きたいこと?」
騎士「この間って、ダブルデートの日のことか」
悠大「ああ」
姫は真面に顔も上げられず下を向いたまま、
居間のドアの前に立ったままだった。
そんなモジモジしている姫を優しく迎えるように、
沙都ちゃんと私は姫の傍に行き話しかけた。
沙都莉「姫ちゃん、久しぶりね。
伊吹と二人心配してたんだから。
何度も電話したのよ。
もう親御さんの体調は大丈夫?」
姫奈 「うん……」
伊吹 「姫。ごめんね。
あなたを傷つけて。
本当にごめん」
姫奈 「私、傷ついてなんか……いないわ」
沙都莉「ねぇ、姫ちゃん。
貴女もショックだったかもしれない。
でもね、あれから伊吹だって悩んでたのよ。
姫ちゃんと仲直りするまで、
ニキさんとは友達のままでって言ったの。
だからあの日から二人はずっと会ってなくて、
今日久しぶりに会ったんだよ」
姫奈 「えっ。伊吹、それ本当?」
伊吹 「ええ」
姫奈 「じゃあ、もし私とこれっきりだったら、
ニキさんとどうするつもりだったの」
伊吹 「きっと、それっきりにしちゃってたかも」
姫奈 「えっ!?伊吹はニキさんが好きなんでしょ?」
伊吹 「そうね……好きよ」
姫奈 「私に何も言わずに逃げちゃうくらい」
伊吹 「それは事情があって」
姫奈 「どんな事情があってもよ。
すごく好きなんでしょ?」
姫奈 「ええ。そうね。すごく好きよ」
姫奈 「二人は両思いなんだから、
私に遠慮せずに会えばいいじゃない」
伊吹 「だって、私にとっては姫も大切で大好きだから。
だから、ニキさんにも私と同じようにしてって言ったの」
姫奈 「バカじゃないの!?」
伊吹 「うん(笑)私はバカだから、姫が居ないとだめかも」
姫奈 「えっ」
伊吹 「また前のように仲良くできないと、
本当にだめかも……」
姫奈 「伊吹……ほんと、バカ……」
沙都莉「ほらっ、もう仲直りしようよ。
ねっ、姫ちゃん」
姫奈 「うん。私、本当は何度も思ったの。
二人に電話しようって」
沙都莉「うん。解ってるよ」
伊吹 「うん。私も」
私と沙都ちゃんはやっと姫と会えて話ができ仲直りできたことで、
ずっと押さえていたいろんな感情が溢れだした。
もちろん号泣する姫もそうだったよう。
だけどこの感動の再会に割って入ってきたのは、
険しい様相のニキさんだった。
向琉 「姫ちゃん、話がある。
ちょっとここに座ってくれる?」
姫奈 「えっ」
私たちはニキさんの声に一斉に振り向き、
涙をぬぐっている姫は、
彼から突然声をかけられてかなり動揺して戸惑っている。
見るとニキさんだけでなく、ユウさん、
ナイトさんまでも険しい顔に見えた。
伊吹 「ニキさん?どうしたの?」
騎士 「みんなこっち来て。
姫ちゃん、ユウの隣に座って」
ナイトさんから言われて、私はニキさんの隣に腰掛ける。
沙都ちゃんも何だか不安そうにナイトさんの許に、
そして姫はナイトさんの言われる通り、ユウさんの隣にゆっくり座った。
何だか緊迫した空気が流れて、私たちは黙ったままニキさんを見る。
ニキさんは一時何も語らず、姫をじっと見つめていた。
ユウさんと姫が望んでいた“運命”のパズル。
ピースが縁から少し揃い始め、
見えなかった理想の図が少しずつ見え始めた。
しかしその後、きり出されたニキさんのある一言で、
私たちに衝撃が走り大きく揺さぶられるのだった。
(続く)