愛すれど…愛ゆえに…
24、伊吹の長い一日(後編)
(ほのぼの天使幼稚園園庭)
伊吹「ニキさんと話したの!?」
洋佑「ああ」
伊吹「いつ!」
洋佑「伊吹の家に行った日。
アパートの玄関で鉢合わせた」
伊吹「それで、ニキさんは……何て言ったの?
洋佑に、私のことを何と」
洋佑「そんなにあいつの言ったことが気になるのか」
伊吹「洋佑、彼は何て言ったの!?」
生唾を飲み込む私と真剣な表情の洋佑がお互いの腕を掴み、
お互いの息を感じるくらいの近い距離で見つめ合う。
ニキさんのことが洋佑の口から出た瞬間、
少しでも彼の気持ちが知りたくて、
ここが幼稚園の園庭であることを忘れ、私は洋佑に詰め寄った。
見据え合っている私たちの視界に、
水色の帽子をかぶった頭が3つぼんやりと写る。
私たちが視線をゆっくり下に移すと、
そこには観察するように見つめる6つの円らな瞳が並ぶ。
けんた君 「らぶしーんだ。これからチュウするぞ」
リオちゃん「ようすけ先生、いぶき先生が好きなの?」
けんた君 「当たり前だろ?好きだからチュウするんだ。
うちのパパとママもチュウしてる。
だからリオちゃんと僕もチュウするんだ」
リオちゃん「もう。けんたパパったら、こんなところでやだぁー」
大悟君 「お前たちって、まだ子供だな。
これはらぶしーんじゃないぞ。
さんかくかんけいのもつれだ」
けんた君 「大悟、これはぷくぷくが浮気したってことか?」
大悟君 「んー。この状況はそうだな。
かげの男とようすけ先生がぷくぷくを奪い合ってるんだ。
僕のママが昨日饅頭食べながら見てた、
昼ドラのシーンと同じだから」
リオちゃん「ふーん。そうなんだぁ。
大人ってふくざつなんだねー」
ままごと道具を両手に持ったけんた君、リオちゃん、大悟君が、
私と洋佑の姿をじっと見上げている。
その存在に気づくと私たちは言葉を引っ込めフリーズした。
しかも大人顔負けの会話に驚き、我に返ると慌てて離れ、
洋佑はその場を誤魔化すように他の園児に声をかける。
洋佑「さぁ、みんな。
そろそろ時間だからお道具お片付けするよー」
洋佑は横目で私の顔色を覗いながら、
傍に居た園児たちに何もなかったように接してる。
私と洋佑のことは園では公認で暗黙の了解だったけど、
私は他の先生方の視線も気になって、
キョロキョロと様子を窺いながら見回す。
そして大きな溜息をつくとしゃがみ込んで3人と目線を合わした。
伊吹 「あのね、けんた君。
これはラブシーンじゃないのよ。
洋佑先生と大事なお話ししてただけなの」
けんた君 「うそだい。絶対らぶしーんだよぉー」
リオちゃん「先生、大事なお話って何?」
大悟君 「リオちゃん。ようすけ先生がプクプクを口説いてるんだ」
伊吹 「こら。プクプク言うな。
そうねー、リオちゃんにはまだ難しい話ね。
3人がもっと大人になったらお話ししてあげるけど」
リオちゃん「うん」
大悟君 「伊吹先生。好きな男がいるなら、
好きって正直に言わないと後悔するぞ」
伊吹 「えっ」
けんた君 「そうだよ。
好きな人と会えなくなったら後悔しちゃうんだよ」
リオちゃん「先生。ようすけ先生のことが嫌いなの?
好きなら早く言わないと誰かに盗られちゃうよ。
ほたる組のあおねちゃんが、
ようすけ先生のこと好きって言ってたし」
伊吹 「リオちゃんったら(笑)
けんた君。“後悔する”なんて、
そんな難しい言葉どうして知ってるの?」
けんた君 「ママが言ってたから。
僕が、どうしてパパにチュウするのかママに聞いたら、
『すっごくパパが好きだからだけど、後悔しないためよ。
もしパパに何かがあっても、
ママの気持ちがいつでもわかるの』って。
だから毎日パパに“ここに居るよ”ってチュウしてるんだって。
『それだけでパパもママも一日元気で笑って居られるの』って。
だから伊吹先生も、好きな人とチュウすると元気になれるんだよ」
リオちゃん「そっかぁ。
だからリオのママもパパも、
お出かけのときにチュウしてるんだぁー(笑)」
大悟君 「外国のドラマだったら、いつもチュウしてるじゃん」
伊吹 「あのねぇ。
(あなた達の親っていったい……)」
私は子供たちから発せられた言葉が私には思いつかないほど突飛で、
それでいて言ってることは、あまりにも正鵠を得ている。
そして真剣に語るけんた君の答えにも驚き絶句する。
しかし幸いなことに、なぜかその何気ない言葉が、
一瞬だけど不安定な私の心を安定させてくれた。
一日の保育業務をなんとか終わらせ、子供たちを送り届けて帰ってくる。
幼稚園バスから下りてきた私を、
心配そうな表情で迎える真知子先生と洋佑がいた。
洋佑の言動も昼間とはまったく違って冷静。
真知子先生には腫れあがった瞼の理由を話していたから、
彼に私が泣いた理由を話したようだ。
昼間の行動に不安を感じ気を利かせた彼女は、
明日工作で使用する文具の買い出しを一緒に行くよう洋佑に頼んだのだ。