隣にいたのはあなただった
駅まで自転車で15分。なんとか電車に間に合った。全力で自転車をこいだため汗だくだが、電車の冷房のおかげでなんとか汗は引きそうだ。
ハンカチで顔を扇いでいると、入り口でキョロキョロと周りを見渡している人が目に入った。一瞬目が合う。
「おはよ」
そいつは私の横に腰をおろしながら挨拶した。
「おはよー」
私も返事をするが、お互い息は整っていない。大輝も走って来たのだろう。見るとすごく汗をかいていた。
後藤大輝。小学生からの幼馴染。母親同士が仲良いということもあって、家族ぐるみの付き合いでもある。今は違う大学に通っているが、授業時間が同じ日はこうやって一緒に通学する。身長はたぶん180センチくらいだったと思うが、さすがにそこまでは覚えていない。顔はまあまあいい方で、高校生の時なんか女子に人気があった。大学生になってからは、茶色く染めた髪のせいで不真面目に見える。私にとっては家族同然の存在だ。
「まだ7月なのに暑すぎだろ。もう無理、走れねぇ」
「元野球部が何言ってんの。ほら」
私はそう言って飲んでいたお茶を差し出す。大輝はそのお茶を受け取ると、ため息をついた。
「お前なぁ。いくら幼馴染だからってこの歳で自分のお茶渡すか?関節キスですよ」
その言葉に私は思わず笑ってしまった。この間食べかけのアイスを渡してきたのは大輝だったくせに。
「家族同然の大輝と関節キスしたところで何の感情も湧きませんよーだ。え、もしかして大輝は私にドキドキとかするの?」
ニヤニヤして言う私をよそに、大輝は鼻で笑ってお茶を全部飲み干した。
「んなわけねーだろ。雛子を女として見たことねーし」
「それはそれでムカつく」
私は大輝の腕にひとつパンチを食らわせた。大輝の腕はがっちりしていて、びくともしない。最近私はこうやって、ふと大輝が男の子なんだなーと感じるのだった。長く一緒にいたが、今年で2人とも21歳になる。そりゃあ体格も変わって来る。
 電車が発車してしばらくするといつの間にか汗はひいていて、むしろ冷房が寒いくらいになっていた。
「そーいや雛子、いつから夏休み?」
大輝が言った。
「8月1週目からだよ。大輝はいつからなの」
「俺も一緒だな。補講が無ければだけど」
今週は7月最後の週。どの授業もテストとレポートが課題として出されており、大学生は夜も眠れない日々を過ごしているはずだ。
「あれ…私、昨日何してたんだっけ」
大学から帰って来て、ご飯を食べて。勉強したのかな…?いつ寝たのだろう。いくら考えても大学から家に帰った後の記憶が無い。朝から何だか変だ。
「どうした?」
大輝が突然話さなくなった私を気にしてか、顔を覗き込む。
「昨日家で何したのか思い出せなくて…。モヤモヤしてきた」
「え、昨日俺お前の家行っただろ」
きょとんとしながら大輝は言う。
「あ、れ…そうだったっけ?」
全然思い出せない。家族ぐるみの付き合いだけに大輝はよく家に来るが、覚えてないなんてことがあり得るだろうか。大輝は心配そうな顔をしたが、何かを思い出したように表情が急に明るくなる。
「そうだ雛子。お前昨日飲み過ぎてたろ?!9%のチューハイ一気飲みしてフラフラだったし」
大輝はなんだそんな事かと私を馬鹿にした。少し腹が立ったが、そう言われるとそうだった様な気もする。今朝台所にチューハイの缶が捨ててあるのを見てきたところだ。どうやら私は大輝を見送ってそのまま寝てしまったらしい。さっきまでのモヤモヤはもうどこかに行ってしまっていた。
「本当に酒弱いんだから、外で飲みすぎんなよ?」
大輝は少し真面目な表情をした。
「わかってるって」
私は目線を外して答えた。いつも馬鹿を言い合っているが、こうやって真剣な大輝とは正直どうやって接すればいいのか私はわからないでいる…。

 そんな話をしている内に、私の大学の最寄り駅に着いた。
「じゃーね。ちゃんと単位取りなさいよ」
「うっせー」
いつもの調子に戻った私たちはそんな会話をして別れた。ドアを出た後に振り返ると、大輝が軽く手を振ったのが見えた。大輝は別れ際に必ずこうやって手を振る。私も同じように手を振って、電車が発車するのと同時に歩き出した。電車の外はやはり湿気がすごい。かんかん照りの日差しが容赦なく私を攻撃する。今日も暑い1日になりそうだ。

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