笑顔を持たない少女と涙を持たない少年
急に、訳の分からない感情に、襲われた。
何かを言おうとして、口を開いた。
でも、何を言えばいいか、分からなかった。
何を言いたいのか、分からなかった。
何かを言いたいのに、何も言えない。
その理由さえも分からない。
ただ、奏の名前を呼ぶことしかできなくて。
「依美、ありがとな」
奏は、笑顔で言う。
言われると嬉しいはずの“ありがとう”が、少し苦しかった。
その後、奏と一緒に食べたマドレーヌは、甘くて、苦くて、奏の笑顔の味がした。