笑顔を持たない少女と涙を持たない少年


「父さんのことだろ」


奏はそれだけ言って、そっと母親の手を離した。


それでも、奏は笑顔だった。


奏のことを何も知らなければ、幸せに見えるその笑顔が。


やっぱり今の私には、違うものに見えた。


「あの人を思い出すのよ、その笑顔…」


奏の母親は俯いたまま、その長い髪をかきあげる。


奏はその姿を見て、また、笑った。


奏が一歩踏み出したから、2人の距離は微かに縮まる。


「だけど俺は父さんじゃねぇよ、母さんの息子だから」


私の瞳に映る2人の姿が、少しだけ滲んだように見えたけど、気のせいかもしれない。


その言葉に。

< 376 / 463 >

この作品をシェア

pagetop