笑顔を持たない少女と涙を持たない少年
「父さんのことだろ」
奏はそれだけ言って、そっと母親の手を離した。
それでも、奏は笑顔だった。
奏のことを何も知らなければ、幸せに見えるその笑顔が。
やっぱり今の私には、違うものに見えた。
「あの人を思い出すのよ、その笑顔…」
奏の母親は俯いたまま、その長い髪をかきあげる。
奏はその姿を見て、また、笑った。
奏が一歩踏み出したから、2人の距離は微かに縮まる。
「だけど俺は父さんじゃねぇよ、母さんの息子だから」
私の瞳に映る2人の姿が、少しだけ滲んだように見えたけど、気のせいかもしれない。
その言葉に。