笑顔を持たない少女と涙を持たない少年
奏の母親はゆっくり顔を上げて、奏を見た。
“こうなって欲しい”と私が願った方向に、話が、2人の関係が、進んでいるような気がした。
「俺はもう母さんより背も高いし、力だってある」
ほんの数秒前まで奏が浮かべていた、奏の笑顔。
私は奏を知っているはずで、知っていればそれは幸せに見えないはずなのに。
だけど今の笑顔は、今までの私が見てきた笑顔とは少し違って。
苦しいのか幸せなのかとか、そういう感情を含んだ笑顔というよりも。
「もう守られなくても大丈夫だ――代わりに俺が母さんを守るから」
奏の笑顔は母親の前の、“子供の笑顔”だった。
子供が親に甘えたり、あるいは親を大切にしたいと思うと。
きっと、子供はこうやって“笑う”。
そして、その笑顔のまま。
「何もしなくていい、何もなくていいから――もっと家に帰ってきてくれよ、な」
そう言って、母親を見つめていた。
「――これが、本当の俺の言葉だ」