こうして僕は、君に泳がされている
満を持して迎えた、三度目のオリンピック。前回大会のメダリストである僕を待っていたのは、過酷な現実だった。
調整は万全で臨んだつもりだった。気力も十分、前回同様トップ争いをするつもりで、鼻息荒くスタートを切った。
それなのに、結果は散々だった。低調なタイムで決勝に進めず、涙を飲んだ。
年齢的に考えても、これが最後のチャンスかも知れない。引退の二文字が頭を過ぎる。動揺を抑えてインタビューに応えて、すぐにロッカールームへと逃げ込んだ。
僕に送られる方々からの視線に、落胆の色が見える。駆け寄ってきたコーチとは言葉を交わしたが、少し一人で冷静になる時間が欲しいと願い出た。
どうしても、今、君の声が聞きたかった。
僕が例え何者でも、君だけは変わらない。
そんな自信が僕にはあった。
天才スイマーでも、メダリストでも、たとえ僕が宇宙人だと告白しても。
きっと、君は変わらないから。
今すぐに、僕には君の言葉が必要だったんだ。
「もしもし?掛け間違いなら切りたいんだけど?」
「……間違いじゃない。遙(はるか)、今日は平日だよ。仕事は休みなの?」
「呼び捨てで呼んでいいって、許可してないけど?」
相変わらずの淡々とした口調に、怯むことなく質問を繰り出せば、彼女はその質問に答えることなく、手厳しいひと言を返してくる。
僕が、予想通りのそのやり取りに、たまらなくホッとしたことを、君は知らないだろう。