こうして僕は、君に泳がされている
家でこっそり見守るだけならば。
きっと、誰にもバレないし、傷付かない。
何より、これで最後だ。
金メダルを取れば、彼は今度こそ本当に私をからかう暇などなくなるだろう。

いつも電話を回してくれる広報課の担当者から、パブリックビューイングへのお誘いを受けたけれども、丁重にお断りした。おそらく行けば特等席が用意されているかもしれないが、私にはそこに座る権利がない。
私と彼は、ただの同級生で。
たまたま、同じ会社に所属しているだけ。
だた、それだけなのだ。

お盆休み前の繁忙期にわざわざ有給休暇を申請した私を、同僚達は誰一人咎めなかった。申し訳ないが、今回に限っては皆の勘違いを利用させてもらう。終わらなかった仕事はお盆休み中に出社して片付けよう。

当日はどうしてか、早起きしてしまった。
朝からたまっていた洗濯物を片付けて、朝食を取り、せっかくの休日なのに、落ち着かないまま時間を過ごした。
午前10時。テレビの前に座る。
予選を全体の6番目のタイムで突破した稲地君は、準決勝第1組の第3レーンを泳ぐ。

彼の試合をしっかりと観戦したのは、初めてかもしれない。

“Take your marks.”

一瞬の静寂の後、ピストル音と共に選手が一斉に飛び込む。
そこから先の数分間、私は画面を食い入るように見つめていた。
いつの間にか、両手をしっかりと固く握りしめて。










……そして、不覚にも私はまた捨て猫を拾ってしまったらしい。
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