君の声に溺れる
低音ボイスと放課後の教室



 笠原(かさはら) 涼介(りょうすけ)くんという同級生の存在を知ったのは一ヶ月くらい前のこと。それも席替えで隣になったからというありがちなきっかけだった。
 笠原くんは少し、いや、かなり無口で、たぶん彼の声を聴いたことがある人は少ないと思う。
 でもどうやら友達はちゃんといるみたいで、よく他クラスの男子生徒(名前は知らない)と一緒に帰る姿を見かけたことがある。

 そう考えると、昨日のコンビニで聞いた笠原くんの声はかなりレアだったんじゃない?会話数が少なくてあんまり覚えていないけど、声は……案外悪くなかったような気がする。
 こんなことならもっとちゃんと聞いておけばよかったなあ、とぼんやりそんなことを考えていると、指で弄んでいたシャーペンが机の上に落ちた。

 我に返って顔を上げると、正面には笠原くんがいた。
 今は放課後。日直である私と笠原くんは学級日誌と提出ノートのチェックをそれぞれ行っている。


「ねえ、笠原くん」


 思いついたままに声をかけると、笠原くんが静かに私を見た。声をかけてから気づいたけど、話す内容をまったく考えていなかった。
 そこで私は何か話題はないかと、今朝からのできごとを脳内再生してみる。そして、弟が読んでいた雑誌に載っていたバレンタイン特集を思い出した。


「笠原くんってさ、甘いもの好き?」
「………」
「いや、特に深い意味はないんだけどね?
何か無口な男の子って甘いもの苦手なイメージがあるっていうかさ!」
「…………」
「わ、私だけか!ははは、はは……」
「…………」


 予想はしていたけど、やっぱりスルーされるとそれなりに傷つく。でも大丈夫、心の準備はできてたからそんなに傷は深くない。
 ただちょっと声を聞いてみたかっただけっていうか、それだけだし。質問の答えに関しても特に興味はないし。

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