今宵、君と月の中で。
「千帆」


俯き掛けていた私を止めたのは、クロの穏やかな声音。


柔らかい声なのに下を向くことを許さない強さが込められていて、私に与えられた選択肢は彼から視線を逸らさないことだけのように思えた。


「本当に、ずっとこのままでいいのか?」


きつい言い方をされたら言い返せたのかもしれないけど、優し過ぎる口調にはそんな風にはできない。


「千帆の大切な存在も、親も、普通なら千帆よりも先にいなくなる。そのあとにもし千帆が今のままだったら、千帆は本当にひとりになるんじゃないのか?」


クロもそれをよくわかっているかのように、表情にも声音にも優しさが滲み出ている。


「ひとりでも、なんとかなることはたくさんあるし、ある程度のことはどうにでもなるのかもしれない。でも、自分ひとりの力じゃどうしようもないこともある。そんな時はどうするんだよ?」


当たり前のことを言われるのは、心に鉛を落とされるようだった。


彼に言われたことは今までに考えたことはあるし、そんな時はいつも不安に襲われた。


その度に本当にこのままでいいのかと自問して、それでも自分を変えることができないまま過ごしてきたことは、ちゃんとわかっている。


だからこそ、クロの言葉が痛かった。

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