ふたりだけのアクアリウム


沖田さんは少し呆れたような口調で、私のでこぼこした傷口を撫でた。


「僕は契約書なんかどうだっていいんだ。そのせいで君が傷つくくらいなら、シュレッダーにかけられようが破り捨てられようが構わない」

「えー!でも契約書は大事な証拠品じゃないですか!」

「だから、それ以上に君のことが大事だって言ってるの!」


これも、初めてのことだった。沖田さんが語気を荒らげたのは。
そして、それは告白にも似たものだということを同時に悟ってしまった。

それなのに、当の本人である沖田さんはあまりうろたえることも無く。
むしろ言い方が強かったことの方をしきりに気にしていた。


「ごめん。大きな声出して」

「全然……気にしないです」


むしろ、この人もそれなりに感情の起伏はあるんだと知ってちょっと安心したりして。


大きな口を開けて寝ているようにも見える係長を見下ろして、おしぼり攻撃を止めた沖田さんがつぶやく。


「係長はいつまで寝てる気だろう」

「ほっといたらマズいですかね……」

「まあ、暴力で訴えられたら僕が負けるのは明白だよね」

「ぼ、暴力って……。こ、こ、この係長の口元から出てる血は……」


おそるおそる本題を切り込む私に、彼は平然と「僕がやった」と肩をすくめた。


「左右顔面に一発ずつと、お腹にも一発」

「さ、さ、三発も!?」

「でも軽くだよ。ジャブ程度の強さでね」

「ジャブってなんですか?」


知らない単語に首をかしげたら、沖田さんが場違いにブッと吹き出した。
なんだか楽しそうに笑って、目の端には涙まで溜めて。

そんなに面白い切り返しをしたつもりはなかったんだけど。


「ほんと、逸美ちゃんって癒される。こんな時だからこそ君のおかげで冷静になれたよ。ありがとう」

「はあ……」

「あ、ジャブっていうのはボクシングで力を入れずにパンチを繰り出すことを言うの。僕ね、実はボクシングやってるんだ」

「へぇ〜、ボクシング…………。…………え!?ボ、ボクシング!?」


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