ふたりだけのアクアリウム
「殴ってしまったのは事実なので、隠すつもりはありません。僕も猛反省してます。……………………それで、色々考えたんですけど……」
「なんだ?」
「交換条件はいかがですか?」
「交換条件?」
綱本係長より先に聞き返してしまったのは、他でもなく私である。
はてなマーク満載で見つめ返す私たちに、沖田さんはコクンとうなずいた。
「係長の今までのことは、無かったことにします。さっき彼女が持っていた元の契約書も破棄します」
「━━━━━で、その代わりにお前の暴力行為は目をつぶれ、と?」
「差し出がましいですけど……」
「ほんとだな」
「でもこれは係長にとっても好条件ですよね?」
ちょっとだけ沖田さんに追い風が吹いたような気がした。
係長の悪事を無かったことにするなんて、そんなの悲しい。
だけど、確かにそうしなければ彼が殴ってしまった事実は無かったことに出来ない。
く、く、悔しい。
私はひとりで悶絶していた。
「それから、これからは取ってきた契約を奪うのは一切辞めて下さい。もちろん、僕以外の営業部のみんなにも」
沖田さんが念を押すように付け加えたもうひとつの条件。
聞いているうちに、そうか、と納得した。
たぶん、沖田さんが本当に望んでるのはこれなんだと。
やっぱり彼はお人好し。
自分以外の誰かに同じ思いをさせないために、予防線を張った。
こんな緊迫した状況だっていうのに。
「フン、実力勝負ってことだろう。お前ごときの小さい契約なんか元からアテにしてないからな。いいさ、条件のんでやる」
口の端に滲んだ血をペロッと舐めながら、綱本係長が承諾した。
アテにしてないと言うわりには、だいぶ沖田さんから契約を絞っていたような印象はあるんだけど。
きっと負け惜しみってところだ。