ふたりだけのアクアリウム
「それじゃ、成立ですね」
沖田さんが笑顔で座ったままの係長へ手を差し伸べる。
立ち上がるお手伝いをするらしい。
係長も無言でその手を握ると、わざとらしくお腹を押さえて「いてて」と呻いた。
すると、その係長の手を、沖田さんはグッと力を込めて握りしめた…………ように見えた。
少なくとも、私からは。
「これからは、遠慮しませんから」
「は?」
ボソッと告げた沖田さんに、係長は訝しげに眉を寄せる。
にっこり微笑んだ彼の笑顔は、今まで見た中で一番自信に溢れて力強く、そして凛々しく見えた。
「係長に奪われないように、契約を待ってもらってる人たちがたくさんいるんです。これからは、遠慮なくガンガン契約取ってくるんで、そのつもりでお願いしますね」
まさかの、勝利宣言?
━━━━━もしかして沖田さんって、二重人格で腹黒い…………じゃなくて、奥が深い人なのかもしれない。
一方の綱本係長は、笑ってしまいそうなほど顔が引きつっていた。
「そういうわけなので、逸美ちゃん」
「は、はいっ」
急に沖田さんに穏やかに話を振られて、引っくり返った声で返事をする。
そうしたら、くしゃりとした笑みを浮かべた。
「君に預けてたあの契約書は、シュレッダーにかけておいてもらえるかな。時間がある時でいいから」
分かりました、とうなずくと。
彼は私が素敵だと思ったあのおおらかで優しい笑顔を見せてくれた。
全部、終わった。
そう思った瞬間だった。