ふたりだけのアクアリウム
「いっちゃん。今夜のご予定は?」
後輩にも聞かれたように、茅子さんにも聞かれた。
それは、トイレの洗面台の前で。
メイクを直している茅子さんを鏡越しに見ながら、私はモゴモゴと口ごもる。
「えーっと…………、特には」
時刻はお昼。
12月24日を迎えてしまった今日。
土曜日なので午前中の勤務で事務は終わりだ。
午後からはお休みなので、このあと茅子さんは彼氏である駿一さんとデートらしい。
「え〜、なんでなんで?例の好きな人とは?うまくいってないの?」
茅子さんは今度は山口と同じことを尋ねてきた。
しっかりメイクを直す手は全く止まらない。
「この間話した時点からこれと言った進展が無いんですよ」
「大人なんだからさっさと前に進まないと。相手は草食系なの?」
「いえ、癒し系です」
「なにそれ、ゆるキャラ?」
「そうかもしれません。スタイリッシュなゆるキャラみたいな?」
わりと真剣に答えたのに、茅子さんはブハッと吹き出して大笑いしていた。
そんなやつこの世にいるの?と手を叩きながら。
「仕事そんなに忙しいの?」
「はい……毎日残業してるみたいです」
「まぁ、年末だものね。決算もあるし忙しいか〜。休日返上してるみたいだし」
「そうなんですよ!休みなく働いてるみたいで、体が心配で……」
「家に押しかけて美味しいご飯でも作ってあげなさいよ。今営業成績もトップだから係長からのイヤミも毎日言われて、メンタルやられてるわよ、きっと」
「やっぱり疲れてますよね……」
「あ、引っかかった〜」
深刻な表情から一転、いきなりおどけた口調でニヤニヤ笑い出した茅子さんを訝しげに眺めると、彼女は鏡の前で小躍りした。
「なぁんだ、思った通り。いっちゃんの好きな人って沖田くんだったのね」
「あ!しまった!」
まんまと彼女の罠にハマってしまった。