ふたりだけのアクアリウム
「だっていっちゃん、いつもデスクから沖田くんのこと見てるんだもの。朝イチで彼の影響成績チェックしてるのも知ってたわよ。あぁ、好きなのねーって微笑ましかったわ」
「言ってくださいよ!恥ずかしいじゃないですか!」
「家に行ったことはあるの?」
出た、茅子さんの尋問。
もうこれは全部に答えるしかないパターンだ。
諦めモードに突入した私は、「1回だけ……」と渋々答える。
「場所は覚えてないの?材料持って、今夜押しかけなさい!」
「車に乗せてもらったので全然覚えてません……」
「番号は?ラインは?」
「番号だけは」
「夜になったら電話して、会う約束取りつけなさい!」
「でも仕事で疲れてませんかね」
「好きだったら疲れてても会う!これ恋愛の基本!」
恋愛の師匠のような自信満々の笑顔で、バッチリメイクの茅子さんが私の顔をのぞき込んできた。
恋愛経験は無くはないけど、乏しいという表現が当てはまる私にとって彼女の主張に「なるほど」と返すしかない。
「沖田くんも、きっといっちゃんに会いたいわよ。でも仕事が終わる時間が遅いから、いっちゃんに迷惑かけると思って連絡出来ないのね、きっと」
「そ、そうでしょうか……」
「そうなのよ!」
声を張り上げられて、思わずビクッと肩が震えてしまった。
茅子さんの方は楽しくてたまらないといった顔だ。
ニヤけ顔を押さえようともしていない。
「いっちゃん。恋愛はタイミングよ。後回しにして後悔しても遅いんだからね」
気を遣いすぎても良くないってこと?
自宅アパートのテーブルにぽつんと乗せておいた、ラッピング済のビターチョコに思いを馳せた。
今夜、渡したい。
そうしなければ賞味期限も過ぎてしまう。
それは私と沖田さんの関係のリミットにも思えてきて。
今度は私から声をかけるんだと決意した。
『水草水槽って知ってる?』
沖田さんがそう声をかけてくれたみたいに。