ふたりだけのアクアリウム
どんどん体勢が崩れていく茅子さんを必死に支えつつ物思いにふける。
飲み屋が多く立ち並ぶ通りでは、大学生くらいの若い子達が2軒目のお店を探していたり、サラリーマン風の中年の男の人たちがぞろぞろと帰り始めたり、賑やかだ。
みんな笑ってる。
楽しい話で盛り上がって、笑顔が弾けている。
週末だもの、当たり前よね……。
胸の奥に押し込んでいたぐるぐるした感情が溢れ出そうになった時、茅子さんのスマホが震えた。
どうやら駿一さんが到着したらしい。
茅子さんを抱えて電話に出る。
少し歩いたところに大通りがあり、彼はその路肩に車を停めて待っているようだ。
「茅子さん。駿一さん来ましたよ!」
一応声をかけてみたけれど、動く気配は無い。
ズリズリ引っ張っているうちに彼女の片足からパンプスが脱げてしまい、それを拾いに戻る。
そうしているうちに駿一さんが来てくれた。
「いっちゃーん!ごめんね、いつもいつも迷惑かけて」
背は低いけど、筋肉質なメガネ男子。
もう何度も会ったことがあって、消防士をしている駿一さんは非常に気さくで話しやすい人だ。
今日もまた、低姿勢で声をかけてくれた。
「楽しく飲めたからチャラですよ」
「ほんとに?こいつは幸せ者だなぁ、こんな理解ある後輩がいてさ。……ってガッツリ爆睡じゃん」
「もう起こしても起きないレベルですね」
あはは、と駿一さんは屈託のない笑顔になり、さっきまで私が苦労して運んでいた茅子さんを軽々と抱き上げた。
「カヤにきつく言っとくから。あ、いっちゃんも乗っていかない?送るよ」
「大丈夫です。私、ちょっと寄りたいところがあるので」
と、いうか。
ちょっとひとりになりたかったので嘘をついた。
ありがたい申し出だったけれど、込み上げてきた負の気持ちを少し処理したかったからだ。
「そっか、分かったよ。女性の夜のひとり歩きは危ないから気をつけてね。明日、カヤから謝罪の電話が行くかもしれないからよろしく」
茅子さんを担いでそう言われた私は、「分かりました」と答えて手を振った。