ふたりだけのアクアリウム


僕が水草水槽を始めたのは、もうだいぶ前になる。

自分で1から水槽の中身を作るのは本当に根気のいる作業で、休みのたびにこまめに水槽の手入れをした。


あくまでも、自分の観賞用のつもり。
あくまでも、自分のストレス発散のため。

それはいつからか、彼女に見せてあげたいと思うようになった。






「お疲れ様です。なんだか疲れてるみたいだったので、少し薄めにしておきました」


事務所を出たところにある掲示板の掲示物を、ぼんやりと眺めている時に声をかけられた。
彼女の手には、使い捨てのコーヒーカップ。


佐伯逸美さん。
事務の子だ。


「あっ、薄いの嫌いですか?」


慌てたように確認されて、誤解を招く前に急いで否定した。


「ううん、大丈夫。ありがとう。よく分かったね、僕が疲れてるって」

「なんとなく、そんな感じがしたので」


それは当たっていた。

なにしろ綱本係長のここ最近の自己中さは輪をかけて酷いものになっていて、僕が取り付けた契約を根こそぎ持っていく時だってある。

最初は反抗もしたけど、途中で諦めた。

僕が騒いだら、きっと係長は他のもっと気の弱い後輩あたりに同じことをするだろう。
それはそれで心苦しい。


だったら僕が犠牲になればいいかな━━━━━。


執着心の無さが招いた現状だった。


< 124 / 132 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop