ふたりだけのアクアリウム


でも、どうやって近づこう。
どうやって話しかけよう。

部署も違うし、彼女はきっと僕のことは営業部のうちの1人というくらいの薄い認識しかないはずだ。

むしろいつも係長に怒られてばかりの、情けないポジションに置かれている可能性の方が高い。


迷っているうちに、数ヶ月が過ぎてしまった。




チャンスは、突然やって来た。


地元の商店街の小さなお店で、うちの商品を置いてくれることになって契約が成立した日。

僕の人柄を気に入ってくれたご主人が、行きつけの小料理屋に連れていってくれて、たくさんご馳走してくれた夜。


もうお腹いっぱいで、車で帰るからとどうにか断ってお酒を飲まずに帰路についた時に、彼女を見つけた。


週末だから飲み会帰りの人たちが行き交う街の中で、会社にいる時とは雰囲気の全然違う私服姿で歩いていたのだ。

髪の毛を下ろしているというだけで、やけにドキドキした。


「佐伯さん?」


声をかけたら、彼女がくるりと振り返った。

そして、少しの驚きと戸惑いの表情で「沖田さん?」と確認するように名前を呼んできた。


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