ふたりだけのアクアリウム
何かあれば当たり前に迎えに来てくれて、当たり前に同じ場所へ一緒に帰っていく。
それがどんなに羨ましいことか。
━━━━━帰る場所が同じって、いいな。
誰かを羨ましく思う気持ちは、いつ頃消えるのだろう。
他人と比較して自分のちっぽけさを浮かび上がらせて、何がしたいんだろう。
日常生活をそつなく過ごすことは容易い。
仕事をこなし、ひとり暮らしのアパートでは家事をやり、休みの日は趣味も無いのでやることと言えば友達と会うくらい。
でも、今日はいつもよりも少し色々なことを思い出しすぎたような気がする。
だから疲れたのかな━━━━━。
人通りの多い道を歩いて、地下鉄の駅へと向かう。
6センチのヒールの音がやけにカツカツ聞こえてきて、私ってこんな音を出しながら歩いてるんだと妙に不思議な気持ちになったりして。
白地に細い黒のストライプがあしらわれたブラウスに、黒のスキニーデニム。
仕事では結っている髪の毛は下ろして、肩下まで伸びた毛先が揺れる。
なんの変哲もない、普通の27歳の女。
もっと個性的な服が似合ったなら、もう少し派手なメイクが似合ったなら、もっと思考回路を前向きに出来たなら。
茅子さんの言っているような、運命の人が現れるのかも。
もっと自分を変えれば…………。
「佐伯さん?」
一瞬、どこから呼ばれたのか分からなかった。
むしろこんな人混みの中で私の名前を呼ぶ人がいるなんて思ってもみなかったから、同じ名前の人がそばにいるのかと思ったくらい。
気のせいかと辺りを見回して、気がついた。
楽しそうに声を上げて笑いながら通り過ぎていく人たちの向こうに、ひとり、こちらを見ている人がいる。
とても優しそうな笑顔で、私に手を振っていた。
「………………沖田さん?」