ふたりだけのアクアリウム


マンションに着いて、部屋の鍵を開ける。

彼女には1人の時は防犯上必ず鍵をかけるように言っているので、今日もそのようにしていたのだ。


ドアを開けると、なんだか甘ったるいような、少し焦げくさいような匂いが鼻をついた。

あれ?この香りは……。


すぐに気がついたけど、とりあえずリビングへ直行した。


「ただいま」


僕が声をかけると、逸美ちゃんが対面式のキッチンから顔を出して「おかえりなさい」と返事をした。


リビングのテーブルには、もう夕食がしっかり作ってあって並んでいる。
今日も美味しそうだ。


やっぱり少し残る、あの香り。
リビングには玄関よりももっと広がっていた。


「ねぇ、チョコレートの香りがするけど、何か作った?」


マフラーとコートを脱ぎながら尋ねると、逸美ちゃんは「えっ!」と目を丸くした。

そしてものすごく慌てて挙動不審になり、パタパタと意味もなくキッチンの中を歩き回って最終的に僕の前にやって来た。


「ごめんなさい」


ぺこりと頭を下げられて、僕は戸惑った。


「え?なにが?」

「チョコレート、焦がしちゃったの」

「何か作ってたの?」

「………………それは……」


彼女はモゴモゴと口ごもった後、ぼそりとつぶやいた。


「バレンタインデーなので、お菓子を作ろうと……」

「え!?バレンタインデー!?」


そんなイベントのことなんて、すっかり頭から離れていた。


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