ふたりだけのアクアリウム
「朝の仕事は私がやるからっ。いっちゃんは座ってて!ね?罪滅ぼしさせて〜」
「酔っ払うのは罪じゃないですよ」
「いいからいいから」
茅子さんに強引に背中を押されて、営業部のスペースからいつもの事務スペースへと移動させられ、ストンと自分のデスクのイスに腰を下ろす。
ポツポツと社員が出勤してくる中、重そうな瞼でやって来た人がいた。
スーツを着ている男の人って何割か増してかっこよく見える……はずなのに、そうは見えない沖田さんだ。
非常に眠そうな顔で「おはようございます」とみんなに挨拶しながら、営業部のデスクへと歩いていく。
彼はデスクへつくと、思い出したように顔を上げてこちらに目を向けてきた。
しっかりと目が合って、とりあえず軽く頭を下げておいた。
沖田さんはわずかに微笑むだけだった。
なんか変な感じ。
だって、私と沖田さんは金曜日の夕方まではまったくの赤の他人だった。
同じ会社ってだけで、それ以上もそれ以下も無いような関わりの薄い人。
それが、沖田さんのあの一言で変わった。
『水草水槽って知ってる?』
彼のマンションの部屋にまで入って、コーヒーまでご馳走になって、1時間くらい寛いでしまった。
別にやましいことなんて無かったし、男女の感情もそこには無かったし、ただふたりで世間話をしながら水草水槽を眺め、コーヒーを飲んでのんびり過ごしただけ。
それだけなのに、会社の人には知られない方がいいような、妙な暗黙の了解があって。
あの青くて透き通った綺麗な水草水槽を、ふたりだけで共有したという『秘密』を感じて、ちょっとだけソワソワした。