ふたりだけのアクアリウム
「いいのよ、いっちゃん。遠慮しないで持って帰ってちょうだいよ〜」
茅子さんが自分のデスクからクラフト製の紙袋を取り出して、手早くちゃっちゃと試作品の箱を入れていく。
あっという間にデスクの上にばらまかれた箱たちが、半分ほどになった。
私が言葉を返す間もなく、山口までもが満足そうにポンポンと肩を叩いてきた。
「これで太っちまったら、俺がお前を嫁にもらってやるからさ」
「山口。余計なお世話っ」
「やーねー、もう。山口くんたら。いっちゃんにはだいぶ前からいい人いるのよ?ねぇ?」
私と山口の会話に、茅子さんがするりと切り込むように冷や汗ものの言葉を口にした。
え、そうなの?と訝しげに眉を寄せる山口は無視して、曖昧な笑顔を浮かべるにとどまった。
いい人、なんて。
そんなのもういない。
ドキリ、ヒヤリ、と。
私の心の中にその事実が暗い影を落とす。
「隠してないで、そろそろ詳しく教えてくれてもいいんじゃないの〜?いっちゃんのカレがどんな人なのか」
語尾に音符マークでもついていそうな軽快な口調でそう言った茅子さんと、興味津々で私の顔をまじまじと眺めている山口。
この二人に追及されてしまうとどうにもたまらない。
適当に受け流そうにも、うまい答えが思い浮かばない。
「私には彼氏なんて……」
いない、と言いかけた時。
営業部の方から怒鳴り声が聞こえてきた。
「沖田!お前のそのぬるいやり方じゃどう頑張ったって契約取れるわけねぇだろ!何回言えば分かるんだよ!」
顔を真っ赤にして怒っているのは、怒りん坊というあだ名がピッタリの営業部の綱本係長。
シルバーフレームのメガネが冷たい印象を与え、その印象の通り冷淡で容赦ない。
彼のターゲットになると、ネチネチと細かいことまで揚げ足をとられるように虐げられ、このように怒鳴る。
基本的に事務員はターゲットにはならないけど、ミスを見つけようものならつけこまれるんだろう。
そのおかげで彼に提出する書類はダブルチェックどころかトリプルチェックまでするようになってしまった。