ふたりだけのアクアリウム
「なんだよ、マジで男いるの?」
「…………いないよ」
「本当に?」
「……本当に」
数ヶ月前に付き合っていた彼のことはなるべく思い出したくないのに、山口のせいで思い出してしまった。強制的に。
そもそも水草水槽は沖田さんの趣味なんだけど。
そこからして山口の見解は違っている。
沖田さんは会社での印象は確かにちょっと暗いし頼りないし、困ったように笑っていて、係長に怒られてばかりいるけど。
だけど彼の仕事を見ているとそれなりに頑張って契約を取ってきているし、あそこまで怒られる必要は無いんじゃないかと思うんだ。
そりゃあ、多少要領は悪いみたいだし、頼まれたら断れないところもあるようだけど。
要するに、お人好しなんだろう。
あぁ、お人好しだから疲れるのかな。
疲れて、ストレスを感じて、それでたどり着いた癒しが水草水槽なのか。
沖田さんの部屋は広くはないけど、余計な物が置かれていないシンプルな部屋。
静かな空間に配置された水槽から聞こえる優しい水音とか、モーター音とか、揺れる水草とか、確かに心を癒してくれた。
そこにいる沖田さんも会社にいる時よりもリラックスした表情で、それから少し甘い感じの笑い方をしていて。
笑い方が素敵だって初めて思ったんだった。
ぼうっと沖田さんのことを考えていたら、遠くの方から山口の声が聞こえた。
「相手がいないんなら、俺と付き合うってのはどう?」
現実に引き戻されたのはいいとして、彼の言い放った言葉は予想外のもので、あまりにも突然だったので食べかけのナポリタンがボタッと口からお皿に落下した。
みっともない姿なのは間違いない。
「おい、麺が落ちたぞ」
「んぐ、わ、分かってる」
辛うじて口に入った麺が喉に詰まり、慌ててお水を飲む。
私の分かりやすい慌てぶりに、山口は何故か満足げに、そしてちょっと意地悪な表情を浮かべてニヤリと笑った。
「けっこう本気なんですけど」