ふたりだけのアクアリウム


「すみませんでした。以後気をつけます」


ゆるりとした態度で、でも一応身体を縮こませて。
今現在、綱本係長のターゲットになっているその人は申し訳なさそうに肩をすくめていた。


「また沖田くんかー」


隣の席で茅子さんがつぶやく。
私もほぼ同時に彼女と同じことを心の中でつぶやいていた。
また沖田さんか、と。


私たちと同じように視線の先に沖田さんを見据えていた山口もまた、似たりよったりの感想を口にしていた。


「沖田さん、よく辞めないよなぁ」

「山口、聞こえちゃうよ」

「だっていっつも係長に怒られてない?」

「山口っ」


無神経な同期を軽く睨んで、事務所から追い出すように製造部へ帰れとばかりに事務所のドアを開けてシッシッと追い払う。
ヤツは不満げな顔をして、口を尖らせて出ていった。


チラリと目を向けると、ひと通り怒られたらしい沖田さんが自分のデスクに座っていた。
しゅんと落ち込むわけでもなく、反骨心で闘争心に火がつくわけでもなく。
落ち着いた様子で仕事を再開していた。


そういう「気にしてませんよ」的な態度が綱本係長の気に障るのかな?


しかし、私にはそれよりも困ったことがある。
山口が置きに来た試作品チョコレート。
半分ものそれが紙袋に詰められて、私の足元にある。


これ、ひとりで食べ切れるのかなーなんて。
せめて焼き菓子とかだったらよかったのに。


私には恋人なんていないし、チョコレートもそこまで好きじゃないし、こんなにたくさんあっても食べ切れない。
━━━━━そう言えばいいだけなのに、言えない。


思い出にしがみついて、口にしたら泣きそうだから。
それで強がって、言いたいことを飲み込んでしまう。


情けないったらありゃしない。
変な意地を張って、こういうところが可愛くないんだよなと自分を嫌いになるのだ。


< 4 / 132 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop