ふたりだけのアクアリウム


ヒロじゃない………………。
ヒロの奥さんだ━━━━━。


名前は確か、里穂さん。


スラリとしたモデルのような体型の彼女はコツコツとヒールを鳴らして近づいてくると、目を細めて沖田さんを上から下までじろりと眺めた。


「あら、新しい男が出来たの?それじゃヒロはあなたの所には来ていないってことか」

「ヒ、ヒロとは……、ヒロさんとは、あの日から一度も会ってません。連絡も取ってません」

「困ったな、またどこかで浮気かしら」


ふぅ、とため息をつく里穂さんの左手薬指には、大きなダイヤモンドが光り輝く指輪が煌めいている。


「てっきりあなたの所かと。ごめんなさいね、勘違いね。万が一ヒロから連絡来たら、ここに電話してちょうだい」


ジャケットの内ポケットから出したメモを、彼女の細くて長い指が私の手を覆う。
おそらく里穂さんの連絡先が書いてあるのだろう。


「良かったね、ホンモノの彼氏が出来て。今度こそ幸せなれるといいね」


ニッコリと、でもどことなく怖い感じのする微笑みを貼り付けて、里穂さんは沖田さんに軽く会釈し、またヒールを鳴らしながら車へと戻っていった。


あれはヒロの車だったはずだけど、買い換えたから奥さんに譲ったのか、なんなのか。
今は彼女が乗っているようだ。
ヒロが来ているのかと思って焦ったけれど、そうではなかった。


ブォン!とやたらとエンジンをふかして、その車は細い路地をスピードを上げて走っていってしまった。


< 44 / 132 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop