ふたりだけのアクアリウム
さっきまで営業部のデスクに座っていたはずなのに、いつの間にそばに来ていたのか気づかなかった。
沖田さんは私に話しかけたわけではなくて事務員みんなに声をかけたようで、書き終えたアンケートを順次集めながら最後に私のところにやって来た。
「佐伯さんも書き終わった?」
「はい。すみません、お願いします」
用紙を渡しながら、彼が私を「佐伯さん」と呼んだことに気づく。
会社の中と外で呼び方の使い分けがされているというだけで、ちょっとした秘密を共有してるみたいな気分になった。
沖田さんが茅子さんの「じゃあ誰?」という質問を遮ってくれたおかげで助かった。
「ありがとうございます」
アンケートを回収してくれて、答えにくい質問から助けてくれて、ありがとうございます。
ふたつの意味を込めてお礼を言ったら、沖田さんは首を振った。
「僕も同じ」
「え?」
なんのこと?
と、聞き返したら、彼はアンケート用紙を指差した。
「お菓子はビターな方が好き」
それだけ言って、集めたアンケートを持って違う部署へ行ってしまった。
━━━━━あれ?
でも、少し前に私がもらいすぎたチョコレートの甘いお菓子をそのまま全部もらってくれたのに。
てっきり甘いのが好きなのかと思ってた。