ふたりだけのアクアリウム


試食を終えて、通常通りの業務に戻る。
パソコンにデータを打ち込んだり、受信したFAXの仕分けやDMの作成。

地味だけど、大切な仕事。


今日中に終わらせる予定だったエクセルを使ったデータ入力が終わり、ホッと一息ついて席を立とうとしたら、営業部からツカツカと綱本係長が大股で歩いてくるのに気がついた。


両手に抱えるほどの書類を持っていて、とりあえず目に付いたらしい私のデスクへとそれをドンと置いた。


「あぁ、重かった」


面倒くさそうにつぶやいた彼は、当然のように私に対して


「おい、君」


と呼びかけた。

そういえば、茅子さんが言ってたな。
『私たちのこと『君』ってことごとく呼ぶじゃない?あれ絶対に名前覚えてないのよ!』

確かに係長から名前を呼ばれた事はないかも。


思い出していたら、「君、聞いてるのか!?」と目の前に綱本係長の顔が現れて、思わず仰け反った。


どうしよう、聞いてなかった。


「す、すみません……ボーッとしてました」

「ったく、君みたいなのがいるから仕事がはかどらないんだよ。給料もらってるんだからきっちり働けよ」

「はい……」


うなだれていたら、係長がトントンと書類の山の一番てっぺんを人差し指で鳴らすように軽く叩き、クイッとアゴをしゃくった。


「いいか、これをシュレッダーにかけてきてくれと言ったんだ。分かったならすぐに行け」


なんだ、シュレッダーか。

事務員を駒だと思っている係長は、よく私たちにお茶出しだとかシュレッダーだとかを命令してくる。
もう少し言い方が優しい人ならば、快く雑用でもなんでも引き受けるのだけれど。

上から目線でものを言う人っていうのは、人のやる気を削ぐ天才なんじゃないかと思ったりした。


「分かりました。すぐに行ってきます」


係長がやっていたように、デスクの上の書類を両手で抱えた私は重いそれをどうにか持ち上げて事務所を出ようとした。
急いで茅子さんがあとを追ってきて、ドアを開けてくれた。


「いっちゃん、大丈夫?相当重そうだよ。私も手伝うから」

「茅子さん、今日が締め日の決済報告書の作成まだ途中じゃないですか。そっち優先してください」

「でも……」

「こっちはちゃちゃっとやって終わらせちゃいますから」


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