ふたりだけのアクアリウム


重さでプルプル震える腕は必死に隠して、ごめんねと謝る茅子さんに笑顔を返して事務所を出た。


重い。重すぎる。
ひとまず休憩したい。

よろよろと廊下の端に寄り、手すりにちょっとだけ書類の一角を置いて腕を休ませる。


台車でも持ってくるか……。
でも廊下の向こうに裁断室があるわけで、もう少し頑張れば済む話だ。


こんな時、ドラマだとたいてい素敵なヒーローが駆けつけてくれて、サッと重い荷物を軽々と持って助けてくれたりするんだけど……。

くるりと後ろを振り返る。


誰も、いない。
夕方だっていうのに、社員が1人も廊下にいない。


これはある意味奇跡かも、なんて密かに笑いながら、もうひと踏ん張りと書類を持ち上げて歩き出した。


裁断室に無事に到着し、両手が塞がっているのでドアノブをどうにか肘に引っ掛ける。
背中を扉につけて、何度か空振りしながらドアノブを下げようと格闘。

数秒後、ガクンと肘がノブから外れて、ドアは開いたものの勢いで書類を床にぶちまけてしまった。


「あああぁぁぁ〜……」


やってしまうかもと危惧していたけど、現実になるとは。

仕方なくしゃがんで、薄暗い裁断室の前でばらまいた書類を雑に集めていく。
どうせシュレッダーにかけるのだから、丁寧に揃えて集める必要なんか無いのだ。


「あのお菓子美味しかったなぁ」


ふと口の中で、昼間食べた試作品のキャラメルとチョコのお菓子の味を思い出し、また食べたいなと思う。
でも、アンケートの結果が良くなければあれは商品化しない。

みんな苦いって言ってたし、ボツになりそうだな。


雑念だらけの頭で適当に書類をかき集めていたら、『沖田』の印鑑が押された書類を見つけて手を止めた。


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