ふたりだけのアクアリウム
何気なくその書類を読んでみると、契約書のようだった。
直筆の沖田さんのサインがあって、その横に印鑑がある。
「沖田一路」と綺麗な文字で書いてある。
「字、けっこううまいんだ……」
クセのない読みやすい字。
字って人柄が出るなぁとほのぼのしていたものの、その契約書に目を通しているうちに違和感を感じ始めた。
沖田さんのサインの上に、契約者の名前。
その会社名には見覚えがあった。
確か、この間法人の契約が取れたんだと見せてくれた書類だ。
病院に売り込みに行っている時に、手を貸した人が偶然大手の会社の名誉会長さんだったとか、そんな話をいていたはず。
こんな大事な書類をシュレッダーにかけようとしていたなんて!
危ない危ない!
綱本係長も適当によこしたんだ、きっと。
沖田さんがあの時持っていた契約書一式を探し出し、それら以外の書類は全部シュレッダーにかけた。
ゴォンゴォンという連続した機械音を聞きながら、次々に書類を裁断していく。
無心に、ひたすら無心に。
書類をシュレッダーへ。
━━━━━もしかして。
ゴォンゴォン。
━━━━━この契約、ダメになったのかな。
ゴォンゴォン。
━━━━━やっぱり契約はやめる、なんて言われたとか。
ゴォンゴォン。
━━━━━だとしたら、これを届けるのは無神経かな。
ゴォンゴォン。
それでも、嬉しそうに契約書が入った封筒を見せてくれた沖田さんの笑った顔が忘れられない。
あんなに喜んでたのに、どうして。
違っていたら、改めてシュレッダーにかければいいだけだ。
そう思って、契約書一式だけは残しておいた。